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①金城→←荒北
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「ここの週末なんだが、明けといてもらえないだろうか?」
四月にあるサイクルイベントの話をしている途中に手帳を広げた金城が、俺の返事を聞いたあとで丸印をつけて閉じた。
大学のサークルでの花見の席だった。
桜はまだ咲き始めで、よく言っても二分咲き。周りに人はなく、春休みに入ったばかりのガキどもが半袖で遊ぶほどのよく晴れた日だった。
一年の俺と金城が場所取り、待宮と他の一年は買い出し、洋南大自転車競技部の恒例行事追い出し会は、大学の近くの桜の有名な公園と決まっていたが、花の蕾はおろかまだ芽吹きの段階にしか見えないその色は、お世辞にも綺麗だなどとは思えなかった。
それなのに、金城は目を細めてこう言った。
「満開の桜は勿論だが、こういうのも悪くないな」
シートの上を寝っ転がる俺は、その視線の先を追ったが金城の言いたい事がさっぱり分からなかった。
「どこがだよ」
金城が指指した先を光に邪魔されながらも見てみると、僅かに白…薄いピンク色を放つ存在があった。こんな天気の良い日には、見逃してしまいそうな小さな存在が風に揺れていたのだ。
「あの先陣は、満開の時には既に散ってるんだろうな」
金城が細めた目をいつまでたっても直さないから、つい桜よりも奴の顔ばかり見つめていた。つくづく男前な坊主だった。
「生き急ぎ過ぎなんだっと、ぉっ…なんだ?」
シートの上を何かが転がる音に驚きながらも反射的に掴み取って見れば、手のひらにすっぽりとおさまる野球のボールだった。それから咄嗟に体が動いていたようで、送球の構えをしている自分にも驚いた。
自転車よりも長い期間、野球に心血を注いでいたのだから仕方がないとは言え、どうしたって笑えてきてしまい、俺は握る手を弛めた。
向こうの方から走ってくる野球帽を被った半袖のガキが一瞬強ばったのが見てとれたが、それでも止まらず真っ直ぐ走ってきた。シートの手前でよろけながら脱帽して会釈をしたそのガキに、俺はゆっくりと球を投げ渡した。
「アザーッス」
一丁前の野球部らしい挨拶につい笑いが漏れた。あまり見えない向こう側のガキもそれに合わせて脱帽してお辞儀を返していたから、余計に。
再び腰を落として奴を見れば、走り去って行くガキの後ろ姿を見つめながら眼鏡を指で直していた。
「先陣はいつだって、他人からの評価なんて必要としてないんだろうな。個の強さ…ハハ、駄目だな。忘れてくれ」
金城は笑いながら顔を伏せたが、垣間見た照れた顔を俺は可愛いと思ってしまいニヤケそうになった顔に力をいれた。
「キザな事言ってんなよ」
奴を突っつこうと足を伸ばしてみたところで、鳴り響いた携帯を手に金城は立ち上がった。
「待宮達、到着したみたいだ」
待宮達の荷物を運び焼き肉の用意が整うと、見計らったようにやって来た先輩方と話をしてその日はもう、金城とは話らしい話はしなかった。
酒が入った俺と待宮は、次の日の朝を三年の先輩の家で迎えていて、金城と場所とりをしていた時間の事をすっぽりと忘れていた。
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