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「翼」
「っ?!」
「ひっ、か、会長っ」
「会長っ」
不意に、頭上に影がさしたかと思ったら、松原さんたちが引きつった顔をして後退った。
「いつまで油を売っているつもりだ」
「ぐっ、重っ…」
ガシッと頭に片手を乗せられ、上から押さえつけられる。
「ちょっ、離して下さいっ」
ベシベシと、頭に乗った手を叩いたら、何故か松原さんたちが青褪めた。
「え?」
「クッ、ほら、離してやるから上に戻れ。ったく勝手にうろちょろして」
「だって!火宮さんと七重さんが変な話ばっかりするからですよね!」
俺は悪くない。
「それで、あかんべをして、真鍋を振り切って、こんなところで浜崎たちと楽しく雑談か?」
「それは…」
ヤバイ、この顔。嫉妬を言い出すときのやつだ。
「あー、いや、ほら、お料理をね?あっ、火宮さんっ、何食べます?俺、取って来ますよ!」
これはもう、逃げるしかない。
パッと火宮の身体を避けて、ビュッフェ台の方へと駆け出そうとした身体は、何故かがっしりと火宮に捕まっていた。
「うわぁっ」
「逃がすか。ほら、オヤジならもう、他の組長たちの挨拶に捕まっている」
見せられる会場内では、七重が色んな人に囲まれて、人だかりになっている。
「ククッ、今夜が楽しみだな」
「っーー!」
こそっと、俺にだけ聞こえる声で囁いた火宮に、ギクッとなる。
「それとも今この会場で仕置きするか?」
ニヤリ、と悪い笑みを浮かべた火宮にゾッとした。
「嫌ですっ。いや」
このどS。
本当にやりかねないから笑えない。
「クックックッ、だから、夜まで待ってやるといっている。寛大だろう?」
「っーー!」
感謝しろ、って、そもそも火宮さんが変な発言ばっかりしたのが悪いのに。
「ん?その目。何か言いたそうだな」
「っ、別に…」
「バカ火宮、か?ククッ、オヤジと共謀したことと、勝手にふらついたこと、俺を放置して浜崎たちと遊んでいたことは夜にしてやるが…暴言の仕置きは今でもいいな」
「なっ…」
ポカンと開けてしまった口が命取りだった。
「んっ、んーっ!ンッ」
舌、舌、舌ぁぁっ!
悪口を言った口へと罰、と言わんばかりに、みんなからの大注目の中、ものすごく濃厚なキスをされる。
ねっとりと口内が舐られ、舌を絡めて吸い出され、たまらず身体が震えた。
「んっ、ふっ、ぅん…」
ヤバイ、腰抜ける…。
ガクガクしてきた膝が頼りなくて、反射的に火宮の身体にしがみつく。
「あっ、はっ…」
もう駄目…。
ボーッとしてきた頭で、目の前のどアップの美貌だけがよく見えて。
ツゥーッと互いの間に唾液が糸を引いた。
「ククッ、その顔」
「………?」
自分では分からないそれを笑われる。
「反抗的な目をしていたかと思えば、今度は、たまらなく色っぽい目をしてみせて」
「んっ…?」
「この小悪魔めが」
ククッ、と喉を鳴らした火宮が、とても満足そうに頬を持ち上げた。
「ほら、戻るぞ」
手を取られて、ふらりと足を踏み出せば、いつの間にか、シーン、と静まり返っていた会場に気づく。
あ…。
テクテクと、火宮が歩き出したところで、その空気が、どよっ、と波打った。
「か、か、会長の生キス?!」
「やべぇ、勃っちまった」
「溺愛、マジだ。しかも翼さんのあの色っぽさ」
「うはぁ、翼さん、すげぇ」
言葉は聞き取れないものの、多分、今の公開ディープキスを噂されてる。
「っーー!」
もう恥ずかしいっ!
うるっ、と潤んだ目と、滲んだ視界で火宮を睨み上げる。
「クックックッ」
このどS。
今の今で、さすがに口に出来ない暴言を飲み込む。
「はぁぁっ、会長、あなたはまたこんな場所で…」
「ふははっ、あの火宮が、人前でキスシーンか。そうさせる翼くんは、本当にすごい子だ」
遠巻きにヒソヒソ話す声の中に、真鍋と七重の声も混じっているのは、なんとなく聞こえてきた。
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