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シロさんの聞き耳頭巾-7(完)
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台風一過の爽やかな青空とはいかず、微妙な空気のまま葵琉と二人取り残されてしまい、気まずく顔を見合わせた。
ん?
見慣れた顔から『間違いを見つけて』と言わんばかりに違和感が漂っている。
「何だかいつもと感じが違うな」
「そう?」
何だろう?
何が違うのか。
「あ」
「?」
わかった、唇だ。
唇がいつもより艶々と輝いていてふっくらとしている。
そ指摘すると葵琉は恥ずかしそうに指先で唇を二、三度擦った。
「指がベタベタする……って、シロ!?」
「本当だな」
葵琉の唇を指先でなぞってみると確かにハチミツを塗ったようなペタっとした感触がありその指を口に運んでみると甘い味が口一杯に広がった。
「もうっ! 誰か来たらどうするの!?」
「大丈夫。定休日の札が掛かってるから」
葵琉の肩に手を掛けて自分の方に引き寄せ、キラキラと輝きを放つ唇にそっと口付けた。
指先で触るのは怒るくせに、こっちは何も言わないんだな。
ふわりと漂う仄かな香りは果物のような花のような、俺の好きな香りだ。
悠夜兄さんの塗ったリップバームをこそげ落とす勢いで味わっていると、どことなく記憶の片隅にある味だと気づいた。
「これ、何の味?」
「んー、何だっけ? あ、ベルガモットって書いてあった」
「ベルガモットか~」
道理で記憶に残っている筈だ。
ベルガモットは俺が好きなアールグレイの紅茶にも使われるフレーバーだから。
もう一度唇を寄せようとしたら「もうリップ付いてないし」と怒られた。
「まだ付いてる」
「ちわ~!! 宅配便で~す」
威勢のいい掛け声と共にドアがガラッと開く気配に、一瞬このまま息を潜めて居留守を使ってしまおうかとも考えたけど葵琉の動きの方がワンテンポ早かった。
悠夜兄さんから託された印鑑を手中に収めるや否や脱兎の如く駆け出していって、後に残されたのは虚しい空間だけ。
ついさっきまで対応力があった空間には葵琉の虚像が見えて、伸ばした手は虚しくすり抜けていった。
バッと身体を離した身のこなしの俊敏さは沢井流で長年鍛えた俺をも凌駕するハイスピードで、驚嘆すると同時に物悲しさを覚えた。
俺はお前と離れたくなくて悪あがきをしているというのに、お前は俺と離れる事に何の抵抗もないんだな。
「はい、これ」
小包を脇に置いて、さっきまで葵琉の虚像があったところに色が着く。
「もしかしてシロが宅配便取りに行きたかった?」
「何で?」
「だって何かつまんなそうな顔してるから」
それはお前が何の躊躇もなく俺の元を飛び出していったからだよ。
「俺のとこに居たくなくなったのかと思った」
「違うし。さっさと用事を片付けてシロん家でトンカツ食べたかっただけ」
「今日は俺んん家トンカツか」
「そう、トンカツ」
俺よりも早く夕飯のメニューを把握している葵琉が、家族の一員みたいでどことなく嬉しくなる。
キスの続きは家に帰って誰にも邪魔されないところでゆっくりしたらいいんだ。
「忘れ物ないかな~」
さっきまでの甘い空気はなかったかのようにさっさと帰路に就こうとする姿に溜め息が出る。
まだまだ色気より食い気だな。
「シロ~、早く帰らないとトンカツ冷めちゃうよ」
「はいはい。ってか鍵どうすんだ?」
店の鍵を俺らが持ってったら明日困るだろう。
かといって開けっ放しも無用心だし。
「それなら帰りに取りに来るって」
「うちに?」
「うん。勝ったらお土産買ってきてくれるって」
「それは是が非でも勝って貰わないとな」
今夜も兄弟子込みの賑やかな夜になりそうだ。
この分では今宵もニャンニャンはおろか、キスすらもお預けだ。
葵琉に見えないようにそっと溜め息をついた。
(完)
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