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44.旅立ち2
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「違うっつーの!」
ばしっと譜面を叩かれてはっとする。
疲労もここまでくると意識が飛んでしまうらしい。
どこまで弾いたっけ?
目をこすって桜を見る。
彼女は長いストレートの髪を一つに纏め上げ、手を腰に当ててこちらを見ていた。
なんとなく、彼女にも疲労の色が見てとれた。
「どこやっているかわからないのか?ここ、ここだって」
トントンと指揮棒で叩かれた場所を見る。
あれ?
こんなに進んでたっけ?
意識がないクセに指だけは覚えているのだろう。
これなら本番中に寝ても大丈夫そうだ。
苦笑してしまう。
「もう、なに笑ってんだ、ボケ」
「すみません」
「いいよ。今日はおしまいにしよう。明日は一日移動なんだから」
桜は側にあった椅子に座り、煙草を取り出して火をつける。
彼女の吐き出した灰色の煙が天井に立ち上って行くのをぼんやり見つめる。
「でも……」
時計を見ると17時30分だった。
開店は18時だ。
いつもだったら自分もヴァイオリンを弾いているのでこのまま留まることになっているのだが。
「これから店開けるんだ。とっとと帰りな」
「でも。おれも……」
桜は手を横に振る。
彼女はうっとうしそうに関口を見る。
「今日はいいって。そんな魂の抜けたような心で演奏したってなんにも響かないよ」
「桜さん」
「さっさと蒼のところにでも帰りな」
少し冷たい言い草と態度だけど、彼女なりに気を使ってくれているらしい。
ここは素直に甘えておいたほうが自分のためだ。
さすがに疲れもピークだ。
「すみません」
ヴァイオリンの弦を緩め、楽器をケースにしまう。
もう、読み込みすぎてぼろぼろになった楽譜もかばんにしまっていると、桜が声を上げた。
「ああ。あたしも着いてってやるから」
「え?」
「あっちで合流するピアノ伴奏の奴。顔も知らないでしょう?」
「桜さんの紹介してくれた人……。面識はないですからね」
「初対面でって言うのも厳しいと思う。だからあたしがちゃんと繋いであげるから。それに、他の奴の演奏聞きたいしね」
そこまでしてもらうなんて、本当に申し訳ない。
このレッスン代だって、店で演奏をすることでチャラにしてもらっているのだ。
育ちのよい関口にとったら今までお金に困るってことはなかった。
だけど、一人前になるために蒼のところに転がり込んで、生計を立てるってことは大変なことだったのだ。
お金に困っている?
そう聞かれたら困っていると言ったほうがいいのかも知れない。
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