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58.雨の日に来たもの4
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翌日。
天気は晴れ。
春の太陽が室内に差し込むと、温かく感じた。
蒼はいつも通り仕事に行ってしまった。
取り残されたおれと猫。
猫はずいぶん回復しているんだろう。
ニャアニャア鳴いて布団から這い出してきた。
「お、元気になっているな」
まだ小さくても目はしっかり開いている。
見えているのかな?
なんだか焦点が合っていないような気がするんだけど。
その辺のにおいをかぎながら前進していく。
「おいおい。そのまま行ったら……」
おれは手を伸ばしたが間に合わなかった。
猫はベッドからぽてっと落下した。
「わわ~ッ!」
大丈夫か??
心配になって上から覗くと、床に落ちた猫はもぞもぞ歩いていた。
「こいつ。なんだかバカっぽい……」
思わず笑ってしまう。
もこもこして。
本当に生きているのか信じがたくなってしまうような生物だ。
あちこちのにおいを嗅いで回り、もこもこ歩いていく。
「今日は練習どころじゃないな」
ベッドから起きだして、蒼に言われたとおり、牛乳を人肌に温める。
皿とかで飲めないのかな?
目の前に置いてやるが、飲み方が分からないのか、猫は前足を皿の中に入れた。
「ぎゃ!ちょ、ちょっと!」
引き剥がそうとするけど、ミルクの匂いがするのだろう。
お腹も空いているみたいで、ミーミーと鳴きながら皿にへばりついている。
そして、顔を皿に入れた瞬間。
「ぶへっ!」
鼻に入ったのか。
猫はむせていた。
こいつはまた。
仕方ない。
蒼に習ってスプーンを持ってきてそっと口に注ぐ。
「にゃふにゃふにゃふ」
まだ赤ちゃんなんだな。
こいつ。
その様子をじ~っと見ているとなんだか癒された。
真っ黒でみすぼらしい姿なんか蒼にそっくりだ。
そう思うと愛着が湧く。
「そっか。お前、蒼に似ているのか」
だからか。
雨に濡れてみすぼらしくて。
震えていた猫。
蒼に似ている。
ちょっと頭足りなそうなところもそっくりかもしれない。
一人で考えて爆笑してしまった。
「そっか、そっか。蒼に似ているのか。お前」
なんだか妙に納得してしまうと、昨日から感じていた言いようのない気持ちの整理がついた。
食事を終えて身体の毛づくろいをしようとするが、うまくできない。
お尻のほうを舐めようとして転がってしまった。
「ぶッ。お前、本当にドジだな」
「ニャー」
猫はおれのことをじっと見て何度か瞬きをした。
「可愛いな。お前」
「ニャー」
やばい。
猫の魅力に釘付けだ。
なんだか愛おしくてぎゅうぎゅうしたくなる。
本当に蒼と同じだな。
いかん、いかん。
変な妄想を振り払い、猫を床に下ろす。
まだ病院に行くには早い時間だ。
今日、やらなくちゃいけないことをやっておこう。
やらなくちゃいけないことは山積みなのだ。
高塚がマネージャーをしてくれているので、仕事のほうは大分整理がついたが、それでも忙しいのには変わりがない。
劇的に変わった訳じゃないからよかったけど。
以前とは明らかに違っていた。
次々に新しい曲に取り組まなくてはいけないので、こういうオフの時間も重要なのだ。
週末に演奏することになっている曲の楽譜を開いて眺める。
現代曲はやりにくい。
解釈をつけるまでが試行錯誤だ。
作曲家の思考回路を理解しないと、なかなかうまくいかないときも多い。
昨日も結局、この猫を拾ったりしたせいでじっくり構想を練ることが出来なかったし。
時間は少ない。
少し焦る気持ちもあって思考はまとまらなかった。
もんもんしながら楽譜を眺めていると、ふと足に触れるものがある。
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