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猫より犬派?
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戸締まりがきちんと出来ているか、電気は全て消したかを確認し、日野が生徒会室を出て15分後に僕は部屋を出た。
外は日が落ち薄暗くなっていた。
下駄箱から靴を取り出し、玄関口を出ると、入り口の外側からガラス張りの扉にもたれかかる日野の姿があった。
頭がゆらりゆらりと小さく揺れていた。
「先に帰ったんじゃなかったの?」
玄関を出て日野に声を掛けると、彼の頭がカクンっと落ち、眠そうに目を開き彼はにかりと笑った。
「あは…一緒に帰りたいなって思うて。待ちよった。」
「………」
その言葉の後に大あくびをして、日野は「途中まで一緒に帰ってもいい?」と言って来た。眠いなら先に帰れば良かったのに、僕が来るまでわざわざ待っているだなんて。
「いいけど。僕の家すぐそこだから、一緒に帰るなんてほんの数分の間だよ?」
「えいよ。数分でも一緒に帰りたい。」
「……そう。」
ニコニコと笑いながら日野は僕の前を歩き出す。
薄暗い中で、彼のオレンジ色の髪色だけははっきりと見えた。おまけに耳を立てて嬉しそうに尻尾を振っている。何がそんなに嬉しいのか分からないが、日野は本当にほんの少しの事で大袈裟に喜ぶ犬の様だった。
更に、少し足を速め日野の隣に並ぶと、本当に背が高いな。と関心した。
「何をしたらそんなに背が伸びるの?」
「ん?いっぱい食べて、いっぱい寝たらこうなった。」
「えらく普通の事を言うね。」
さらりと返すと、日野は足を止めて僕の顔を覗き込んで来た。僕の返しが気に食わなかったのか、眉間にしわを寄せて「普通とはなんぞ。」と言った。
そして前を向き、また歩き出す。
「じゃあいっちゃん、何をしたらそんなに頭良くなるが?」
今度は僕が質問された。
「沢山勉強して、沢山復習したらこうなったよ。」
日野の背中にそう投げ掛けると、それ見たことかと言わんばかりに、勢いよく日野はこちらへと振り向き僕を指差して笑った。
「ほら。いっちゃんやって普通の事しか言うてないやん。」
指を差され、ドーンと目の前で構えられると少しムッと来る。日野のくせに、僕を指差すなんて。
「普通の事しか言えない事を君が聞いて来るからでしょ。」
一歩足を進め、日野の指先を掴み手を下ろさせた。人に向けて指を差してはいけないんだよ。と言おうとしたら、日野はムスッと頬を膨らませ「ちぇ。」と小さく声を漏らした。
その横顔が拗ねる子供の様に見えて、少し可愛いと思ってしまった。
「最初に普通の事しか言えん事を聞いてきたのはそっちやんか。」
「ふふっ。確かにそうだね。」
可愛いなんて、こんな大きな犬みたいな……大きな…子供みたいな彼に対して、そう思う日が来るとは。
確かに犬は可愛いと思うよ。大きさも大小様々な犬種が居て、主人の帰りを尻尾を振りながら、今か今かと玄関先で待ち侘びるその姿は想像するだけで愛らしい。
「僕は断然猫派だけどね。」
「ん??」
「…あ、いや。なんでもない。」
つい思った事を口に出してしまった。
「猫が何?」と聞き返してくるから、なんて誤魔化そうかとあたふたしてしまう。
君が大きな犬に見えた。おまけに可愛いなんて思ってしまったなんて口が裂けても言えない。
「ね、猫…飼ってるんだ。」
「ほお…猫?」
「うん。」
とりあえず、話題をいい感じに流していこう。
「高1の春に、学校の校舎裏で僕が拾ったんだ。」
「え、捨て猫やったが?」
「うん。段ボールの中にね。多分うちの学校の誰かが置き去りにして行ったんだと思う。」
肩を並べて歩きながら、懐かしい日の事を話した。
2年前の、ちょうど今くらい。
入学して早々、僕は父さんに呼び出されて、ここでの三年間をどう過ごして行くか、僕がこの学校でしていく事は何かを説教の様に怒鳴り聞かされた日の事。
放課後学校を出て帰ろうとしたら、どこからか子猫の鳴き声が聞こえてきた。
鳴き声を頼りにその場所へ辿り着くと、小さな段ボールがガタガタと揺れていた。
覗き込むと、中には泥だらけになった一匹の子猫が不思議そうに僕を見上げていた。痩せて浮き出た腹の骨がとても痛々しくて、ミー、ミー、と鳴くその声は掠れて今にも消えてしまいそうだった。
放っておけなくて、家に連れ帰った。父さんには反対されたけど、里親が見つかるまで面倒を見させてほしいって必死に頼んだらようやく了承してくれた。
普段家に居るのは僕だけだったから、束の間でも、家族が一人増えたように思えて僕は嬉しかった。
お風呂に入れてあげて、泥だらけになった体を洗い流してあげると子猫は見違える程に綺麗になった。
白い毛並みと、青い目を持つとても綺麗な猫。
学校が終わり、真っ先に家に帰ってリリィを抱き上げる。
『ただいま。』
この家には必要無かった言葉が必要になった瞬間だった。
「まぁ。結局里親は見つからなくて、僕の家で飼う事になったんだけどね。」
あれ。僕は日野に対してこんなに話をする人だったかな?
猫の事になると、つい夢中になってしまった。
周りを見渡すと、すぐ目の前の交差点を曲がれば僕の家がある。
きっかり10分、僕は猫オンリーの話しを日野に聞かせてしまった。
「ご、ごめん。僕ばかり話してたね。」
しまった。と思い日野をチラリと横目で見ると、彼は目から大量の涙を滝のように流していた。
「え、なんで泣いて…」
「うゔっ、ええ話しやと思うてっ…」
ズビーッ、と日野が鼻水を勢いよくすすった。
「よくある話しでしょ。人が見てるから泣かないでよ。僕が泣かせたみたいじゃないか。」
「ゔぉんッ…俺その猫になりたいっ」
「意味分からないから。」
袖で涙を拭おうとした彼に、ポケットティッシュを差し出した。そしたら更に日野は「ありがとう。」と目を潤ませ、おいおいと泣きじゃくった。
本当に、日野と居たらポケットティッシュが何個あっても足りない。ハンカチを貸すほど僕はまだ君に優しくはないよ。
「じゃ。僕はここで。」
信号が青に変わり、日野に手のひらを向ける。
渡ろうと一歩足を踏み出すと、日野が僕の腕を掴んで来た。
「なに?」と聞くと、日野はさっきまでのだらしない泣き顔ではなくなっていて、勉強を熱心にしていた時のような真剣な顔つきで僕を見ている。
「俺も、いっちゃんに『ただいま。』って言うてほしい。」
「は?」
「もし俺がその子猫みたいに何処かに捨てられとったら、拾ってくれる?」
「………」
その子猫みたいにって……君はどちらかというと犬でしょ。
それも、超特大サイズの…。
「『おかえり。』って…いっちゃんに言いたいなぁ。」
「………」
ぎゅうっと日野の手に力が入った。
また冗談でこんな事を。また面白がってふざけてこんな事を言ってるんでしょ。
僕は猫が好きなんだよ。君みたいな手の掛かりそうな大型犬。拾って育てる自信なんか無いね。
「…まぁ…」
「?」
『おかえり。』…ね。
「里親が見つかるまでなら、別にいいよ。」
それも悪くないかもしれない。
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