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不器用だから
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ダイニングに入ると、眼鏡のお袋さんがニコニコとした笑顔を向けて手招きをする。
誘導され椅子に座ると、グツグツと煮え滾るすき焼きが乗った鍋が出てきた。
「新くんはお肉好きかしら?」
「は、はい…」
取り皿を人数分持って、俺の目の前の席にお袋さんが座った。
生卵は使うかと聞かれ、軽く頷くと、生卵が幾つか入ったボウルを差し出される。
卵を割ろうとしたけど、どうも緊張して手元が狂う。というより、俺が卵を正確に割れるのは10回やって1回成功くらいの確率なんだけど。
「俺やろうか?」
「自分で出来る」
そんな俺を見兼ねたのか、眼鏡がそう言ってきたが丁重にお断りしておいた。
なんとか卵を割ることが出来て、お袋さんの合図で3人手を合わせ「いただきます」をした。
「新くんはいつから成海とお友達なの?」
「んぐっ」
一口食べた瞬間、突然聞かれたその質問に思わず喉を詰まらせてしまった。
「お、俺…ですか?……えっと…」
机に両膝をつき、にんまりとした笑顔で俺の返事を待つお袋さんを見ると、これまた緊張してしまう。
「俺が2年に上がってすぐだよ」
「あら、そんな時から?」
結局、眼鏡が答え俺は頷くだけになってしまった。
「じゃあ成海と知り合って1年以上経つのね。この子と一緒にいるのは色々と大変でしょ?新くんに迷惑かけてないといいのだけれど」
「あ、ははは……」
しまった。愛想笑いしちまった。
ここはこういう事言われた時「そんな事ないですよ」って言うのが常識だ。
だが俺はこれまでの数々の眼鏡にされた嫌がらせを思い出し、「確かに大変です」なんて言ってしまいそうになってしまった。眼鏡ごめん。
「ふふっ、ごめんなさいね。箸を止めてしまって。お味はどうかしら?」
「あ、いえ……めちゃくちゃ美味しいです」
「なら良かったわ」
お袋さんは優しく微笑み、ビール缶を開けた。コクリと一口お酒を飲むと、また視線を俺に向けてニコニコとし始める。
「ふふっ、やっぱり可愛いわね」
「えっ」
「食べちゃいたい」
「おい」
さらりと言い放ったお袋さんの言葉に身震いしていると、隣から眼鏡の怒った声が聞こえてきた。
お袋さんは「あらやだ冗談よ」なんて言ってお酒を飲んだ。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「ふふふ、だって成海のお友達とこうしてご飯を一緒に食べれるなんて嬉しいじゃない?あの樹くんとさえもこうしてご飯を一緒に食べた事ないのに。そうだ、今度樹くんも呼んでまたみんなでご飯食べましょう?」
「なんで俺があんな奴と一緒に飯食わなくちゃならないんだ」
「あんたの意見は聞いてないの。ね?新くん、どうかしら?」
「え…は、はい…是非……」
答えると、お袋さんは大喜びした。眼鏡は面倒くさそうに舌打ちを鳴らし黙々とすき焼きを食べ始めてる。
そうか。お袋さんは当然だけど会長の事知ってるのか。
けど、一緒に飯食った事無いって事は、眼鏡と会長は俺と秋人みたいにお互いの家行って遊んだりとかはあんましなかったのかな?
まぁ………眼鏡と会長が二人で遊んでるところとか想像出来ねえけど……
「学校は楽しい?」
「はい、とても」
「そう」
その後、暫くお袋さんからの質問攻めに合い、学校での話しとか、休日眼鏡とは遊んでるかとか、そんな相手の親が聞きたがる何気ない話しをした。
眼鏡はそれを隣で静かに聞いてた。
「ねえ、新くん」
段々と緊張も解れてきて、鍋の中のすき焼きも残りわずかになったところでお袋さんがまた口を開いた。
「彼女はいるの?」
「っえ…」
お袋さんの言葉に、思わず目を見開いてしまう。
……彼女……彼女っつーか…
「ふふっ、顔真っ赤にしちゃって可愛い〜」
「っ……」
「その反応、付き合ってる子はいるのね?」
恥ずかしくて顔が上げられない。
だって、付き合ってるのはお袋さんの目の前にいる。俺の隣に座ってる紛れもないあんたの息子だ。なんて言えるはずもない。
「そういえば成海、あんたも彼女出来たの?」
「は?」
眼鏡は多分、俺がどんな返事をするかを隣でニヤニヤしながら見てたに違いない。
けど、話しを突然振られ急に眉間にシワを寄せた。
「だってソレ。彼女からの贈り物かなんかでしょ?」
お袋さんが指をさしたソレに、俺も視線を誘導された。
そしてドッ、と心臓が脈を打った。
「ああ、これか…」
「アクセサリー、ピアス以外であんたが付けてるの珍しいものね」
顔が熱い。開ききった目が閉じれなくて、何を言っていいのか分かんねえのに口が開閉を繰り返す。
だって、ソレは…俺があげた誕生日プレゼント…
「てめえっ‼︎なんで付けてんだよ‼︎」
何がその時の俺を支配したのかは分からない。分からないけど、体が勝手に動いて気付けば眼鏡の胸倉を掴んでしまっていた。
「え、それ新くんが成海にプレゼントしたの?」
「あ………」
やってしまった。完全に終わった。
「お前が付けてろって言うから付けてんだろ」
「っ……」
眼鏡はこの状況の中で平然を装った。お袋さんは「なに?どういうこと?」って不自然な俺を見て慌ててるようにも思える。
そりゃ、男同士で、相手に贈ったものを身に付ける事だってある。別に、ここで冷静に「そうなんですよ」って言えばいいだけの事だ。
不自然な態度を見せれば、それこそ不審に思われる。
「新くん?」
「………」
だけど、それはダチ同士の関係だったら出来る事で、そうじゃなくても、器用な奴だからこそつける嘘であって………俺は不器用だから……その嘘を上手くつく事が……きっと出来ない……
「あの……俺……」
そもそも、どうして好きな奴と付き合ってる事を、誰かに隠す嘘を初めに考えなくちゃならないんだ。
問題があるのだって分かってる。受け入れてもらえないかもしれないって事も分かってる。
けど、今お袋さんに嘘を言って、隠れながらこの先こいつと付き合い続ける事になったとしたら、俺は、お袋さんの眼鏡への期待を壊す事になる。
眼鏡の家族を、狂わせてしまう事になる……
「……あの」
言わなくちゃ。今言わないと駄目だ……
「俺、は……あの……」
声が震えた。しっかりしろと自分に言い聞かせても、お袋さんの方へ振り向くのが怖い。
今、どんな顔をして俺を見てるだろうか。眼鏡は、俺が今ここでお前と付き合ってる事をお袋さんに言ってもいいのだろうか……
頭の中でぐるぐると色んな事が過ぎり、拳を握り締めていると、眼鏡が俺の手を握ってきた。
「大丈夫」
「……え…」
テーブルの下で、お袋さんからは見えない場所で、眼鏡が優しく手を握ってくる。
「付き合ってる奴、いるよ」
「眼鏡……」
そして、こいつの目が、もう一度俺に『大丈夫』と言った気がした。
「俺、新と付き合ってる」
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