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「ツライなあ。」
病院の帰り道、家のそばを流れる川べりの道をとぼとぼ歩きながら思わず声に出した。
さっき、自動販売機を見かけて、もうずいぶん前にやめたタバコをふらりと買った。
芝居をはじめて、喉のためにやめたんだ。
もういまさら、喉がどうの、健康がどうのって・・・そんな自暴自棄な気分だった。
川の土手に降りられるようになっている場所で、その階段に腰を下ろした。
タバコの封を切って1本取り出してから、火を持っていないことに気づいた。
ため息とともに、箱を無造作にポケットに突っ込んで川面を眺める。
「ツライなあ・・・。」あんなに恐ろしかった「死」ということばが、
今眺めている水のせせらぎのように、キラキラときらめきながら
俺を誘っているように見えた。
もう、ラクなほうにおいでよ。・・・・って・・。
「ちょっと、それ吸わないんなら頂戴。」
突然頭上から声が降って来て、俺は首を巡らせてそちらを見た。
豹柄のワンピースに鏡獅子か、と思うような赤いソバージュヘアーが
俺の後ろに立っていた。
病院で、何度か見かけた事がある、と思った。人の顔なんかいちいち見てないけど、
この鏡獅子はいやでも目に入って来る。
なんといっても、スカート穿いてるけど明らかに男性だし。目立つ事この上ない。
鏡獅子は俺のとなりにどすんと尻を落とすと、俺が取り出して持ったままの煙草を
とりあげた。
「没収。病人がこんなもん買ってどうすんの。」
「・・・・。」
「あのね。今そこで見かけたら、なーんか危なっかしかったからさあ。
中央総合に通ってる人よね?」
髪の色に合わせたような、赤いハイヒールのつま先を眺めながら頷いた。
「・・・・あんたはいいのか。」
「あたし?あたしはこの通り、ピンシャンしてるよ。病院にはお見舞い。」
だが鏡獅子は、取りあげた煙草を吸うでもなく、手でもてあそびながら声を沈めた。
「お店のお客さんなんだけどね。だいぶ悪いんだ。」
「死んじゃう人見舞っても無駄なんじゃないの?」
俺の言葉に鏡獅子は目を剥いた。
・・・・なんか、かまぼこにアイライン引いたみたいな目だ。
「なんてことを!上条さん・・・あ、そのお客さんね・・。
上条さんは、体は死にかけてるけど、あんたみたいに心は死んでないよ。」
「・・・・・。」
「あっ、ごめん。言い過ぎた。」
「いや・・・。」
「良くなったらゴルフ行こうね、とか、ダンスやろうね、とか、ニコニコしながら
言うんだよ。」
「・・・・・。」
「あんたはないの?良くなったらこうしたいとか、なんか目標みたいの。」
「あったかもしれないけど・・・忘れたよ。」
・・・どうせ叶わないなら、忘れた方がいいじゃないか。
「そう。」鏡獅子は少し哀しそうな顔をすると、バッグからマッチを取り出した。
俺のポケットにすっと手を入れて、さっき入れた煙草の箱と入れ替えるように
マッチを滑り込ませた。
「煙草はもらっとく。それ、あたしの勤めてるお店。
安い店だから、愚痴りたくなったら来て。
ソフトドリンクもあるから。・・・・妙なこと考えたらダメだよ。」
それだけ言うと、さっと立ち上がって、「じゃあね。」と言って去って行った。
「その鏡獅子って。」マコちゃんが瞳をくるん、とさせてママのほうを見た。
「そ。あたし。まだこの店持つ前のね、お勤めしてたころよ。」
ママが照れくさそうに笑った。
「昔からなんだよ。おせっかい。」
俺がいうと、個人的にママに恩義があるマコちゃんも頷いた。
「ちょっと。待ち人遅いんじゃないの。」
ママは自分の顔を手のひらでパタパタ仰ぎながら入り口のほうを見やった。
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