アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
12年・・・重ねた時間の目指す先 6
-
部屋に戻ると、俺を出迎えたのは飲みかけのマグカップが二つ。
涙が滲みそうになりそれを抑え込む。
キッチンでマグカップを洗い棚にしまったあと、掃除と洗濯をしようと決めた。儀の痕跡はないほうがいい。
シーツもベッドカバーもピローケースも全部洗濯してしまえばいい。
部屋に残っている儀の服をすべてまとめる。もうここには来ないだろうし、今度店で潰れたら、タクシーに放り込めばすむ事だ。
店と家の往復じゃ新しい出会いもないだろうから、少しどこかに出かけるとしようか。
シーツをひきはがしながら、精一杯前向きの想像をする。
ポタ
生成り色のシーツにワントーン濃い楕円の沁みができる。ひとつ、ふたつ・・・。
いい年してなんだっていうんだ。
天井をみて深呼吸を繰り返す。グズグズ泣く暇があったら決めたことをしてしまうほうがいい。
掃除と洗濯、そして買い物にいく。
今日から台所に立って、身体が欲しがるものを食べることにしよう。さっきみたいな料理は一生作れる気がしないが、なんとかなる。
新しい寝具でベットメイクをして掃除をする。少し肌寒くなってしまったが窓を全開にして空気を入れ替えた。寒い位で丁度いい、背筋が伸びる気がするのは気持ちがいいじゃないか。
洗い上がったシーツはバスルームに渡した突っ張り棒に干して換気扇を回した。
あとは買い物に行くだけだ。
ガチャ
カギを掛け忘れた・・・。
玄関のドアの開く音がしたあと廊下を歩く足音。
まさか・・・。
「うわ、なんでこの部屋こんなに寒いんだよ。」
「儀・・・。」
「ちょっと待てって言ったのに、スタスタ帰りやがって。」
「なんで戻ってきた。お前の服は全部まとめたから。ついでにそれ持って帰ってくれ。」
儀は勢いよく俺の前に近づいた。両肩をがっしり握られて動きを封じられてしまう。俺ができるのは視線を逸らせることしかない。
「ヒロ。こっちを見ろ。」
引っ込んだはずの涙が溢れそうになって深呼吸を繰り返すはめになった。
このタイミングでヒロとか・・・反則だ。
「さっきはちょっとびっくりして、固まっているうちに居なくなるし。いいか、俺の言いたいことを言うから。
ちゃんと聞いてくれ。ヒロ?聞いてる?こっち見ろよ。」
「・・・うん。」
「俺は、お前がいなくなると困る。それはお前しか俺のことを気にしてくれていないからだし、ずっと長く一緒にいるのはヒロしかいないからだ。
俺のことを好きでいてくれたのは知らなかったし、知ろうともしていなかったことは認める。
でも、ヒロが俺から離れていくという現実には耐えられそうにない。これはヒロの気持ちとは別なのか、一緒だけど俺が認めたくないのか、その結論はまだでていないんだけど。
前向きに検討するし、真剣に考える。」
「馬鹿か・・・真剣に考えて恋愛するとかバカの言うことだ。」
「違う、真剣に考えるのは恋愛の事じゃなくてヒロのことだ。俺にとってヒロがどういう存在なのかをちゃんと考える。だから答えがでるまで、俺は男と寝ることはやめる。それに『bright』にも行かない。
でもここにはたまに来てもいいだろう?
考える相手を目の前にしていれば答えが早く出る気がするんだ。」
「・・・バカだろ・・・お前。」
堪えていたのにまたポロっと涙がこぼれた。
儀は何もいわずに微笑みながら俺の顔を見ていた。ここで安易に抱きしめられたりしたら、俺は本気で儀を殴っていたかもしれない。
だから、ただ俺を見詰める儀の「考える」ということが真剣なんだと信じられた。
「・・・今日から少し料理に取り組もうと思うんだ。買い物にいかなくちゃいけない。」
「一緒にいく。」
「・・・喰えるものができる可能性は低い。」
「二人で頑張れば、それなりのものができるかもしれないぞ?」
俺の頭をポンポンと撫でた後、儀は言った。
「そんなに時間はかけないつもりだから、ちょっとの間だけ待ってろよ。」
「・・・俺様だな。」
「ヒロのおかげで浮上したんだよ。さあ行こうか、買い物するんだろ?」
儀の指がのびてきて俺の腕を掴んだ。
階段から引っ張り上げた時のように、ふわりと笑って。
俺達・・・変われるかもしれないな・・・
俺達・・・まだ大丈夫かもしれないな・・・
それが現実になることを信じて、儀の後を追う。
12年前のあの日と同じように・・・。
END
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
141 / 474