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始まる未来、進む道
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◇◇◇
「直輝気をつけろよ」
「ふっ、それ何回目だよ」
「言うに越したことはないだろ」
「心配症」
「当たり前だろ。 またニューヨークに行くんだ、腐れ縁として心配するに決まってる」
「大丈夫だよ。 案外くらしやすいし」
「そうか……。 それなら少しは安心だ」
沢山の人が行き交う空港で、断ったにも関わらず今度も見送りに来た聖夜の心配症に苦笑を漏らす。
一生の別れでもないのにさっきからソワソワとしているのは兄弟の多い中、長男である聖夜の性なんだろう。
「忘れ物は?」
「ないよ。あっても向こうで買えるだろ」
「もしあったら言えよ。 送るから」
「ふはっ、なあ落ち着けって」
「……おう」
とん、と肩を叩けばほんの少し恥ずかしかったのか顔が赤く染まる。それを馬鹿にしてからかっていながら、聖夜が何度かいおうとして言わまいとする事があるのには様子を見て気づいていた。
「直輝」
「んー?」
「……」
「祥になら電話したよ」
「ッ! そ、そうなのか?!」
「聖夜が来る前にな。 喧嘩別れのまま離れるのはやっぱり気分が悪いから」
「……じゃあ直接は話せてないのか? 今日からまたニューヨークに戻って、いつ戻るか分からないこと」
「話してない。 でも、それでいいんだよ」
「……」
「聖夜」
「また……っ」
「また?」
「また、三人で会えるよな?」
「……ああ」
「昔みてぇに笑えるよな?」
「時間がかかっても腐れ縁はそう簡単には切れないよ」
「……っ」
「バーカ、お前が泣きそうになってどうすんだよ」
「うるせえ」
本当、聖夜も祥もドが付くほどのお人好しだ
あんな喧嘩別れをした事に後悔をしてないかと聞かれればイエスとは言えない。まだ本音を言えば消化しきれない怒りが潜んで居るし、考えだって収まりきらない。
けど昨日見た祥の衰弱しきった姿を見て、一緒に居ることが今は傷つけ合う事なのには嫌でも気付かされた。一緒にいたくとも、それだけじゃどうにもならない事がある。無理矢理近くにいればお互いに傷つけ合うのは、言わずとも分かっていた事だった。
「聖夜、祥の事頼むよ」
「……お前も連絡しろよ」
「それが出来たら今頃ここに祥も居るっての」
「……」
黙り込む聖夜を見て少しだけ困ってしまう。あの日にあった事は誰にも言うつもりはないけど、ずっと応援していてくれてた聖夜にはケジメとして話し合った末に離れる事を選んだことは伝えていた。
物凄く反対されたし、話す俺よりも落ち込む聖夜には手こずったけど今はかなり落ち着いたのか渋々ながらも納得はしてくれていると思う。多分だけど。
「祥、昨日倒れたんだ熱で。 今日この後とかもし時間あったら様子見に行ってやって。 あいつ熱の時凄いうなされるから」
「……分かった。 直輝も向こうついたら電話しろよ」
「はいはいお父さんだな、口うるさい聖夜パパ〜」
「おい」
じろりと睨みつける聖夜を笑って鞄を手に持つ。そろそろ行く時間だ。
チラリと伺う携帯には、祥からの折り返しの連絡はない。期待はしていなかったけど、やっぱり少し寂しいものだ。
昨日クランクアップを終えた後に、祥にニューヨークに行くことを話損ねた事を引きずったままでいるのが嫌でどうしようかと悩んでいた時スタジオの中からけたたましい音がした。
音に釣られて中へ入れば散らばった道具の横で祥が壁にもたれて寄りかかったまま意識を飛ばしかけているのに遭遇して心臓が止まるかと思った。打ち上げの日以来、怒りが収まらなくて行き先のない感情に飲み込まれない為に祥の事を一切残らずに消し去ったんだ。
だから見つめた先に倒れ込む祥が衰弱仕切っている姿を見て、こういうやつなんだと、馬鹿みたいに自分を責める奴なんだと怒りに任せたまま見ようとしなかった物が見えてくる。
このまま居たらお互いの為にならない。
祥に言われた言葉は、俺が見たくなかった現実ばかりだった。もう高校生じゃない。ずっと学生ではいられない。限りなく甘えんじる事の許される年齢でいることなんて不可能なんだ。
大人として、選択をした祥に。未だ子供のように理想ばかりを語る俺に。今一番取るべき事がお互いに離れた場所に居る事なんだとすれば、それが祥の為になるなら、そうしようと思えるようになったのは本当に昨日の話。
「……じゃあ行くわ」
「直輝!」
「ん?」
「お前の帰ってくる場所は俺達の所だけだ。 もしも何処か知らないとこに行っても、お前が二度と俺達の前に帰ってくるつもりがなくても、ずっと待ってるやつがここにいる。 お前が帰る場所いつでもあるの忘れんなよ」
「……ありがとう」
ああ本当に馬鹿だなぁ。 離れるのが最適なら二度と戻りたくないなんて考えを見破られていたのかと思うと情けなくて仕方ない。けれど、どんなに考えても考えられなかった。ほかの誰かの隣に居場所を見つけて、ほかの誰かを愛してる自分なんか1ミリだって想像はできなくて、どれだけ時間が経っても、時間が癒してくれようとも。祥の顔を見れば一瞬で引き戻されるんだろう。
だったら一層のこと戻らない。
そう考えてる俺に放った聖夜の言葉は鎖のように思えた。だけど、消える事が出来るのは帰る場所が有ると知っているからなんだとこんな数分で馬鹿な事を考えたと気づかせる親友に見送られて、今度は真っ直ぐに歩き出す。
しっかりと戻って来られるように。帰る場所から逃げ出さないように。祥が耐えた三年を無駄にしないように、俺は、俺の道を進むとそう決めたんだ。
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