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雪降る庭に、二人
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白獅子の訪問より一ヶ月ほどの後。雪がちらつく冬深い果ての地より、黒鉄と棗は二人で白楊の別荘へ発った。一月ほどゆっくりしてくる予定なので、飲み込みの早い棗は泳げるようになって帰ってくるだろう。
「棗が居なくて寂しいか、」
紅丸が尋ねる。常は結局あれから懐妊が発覚し、悪阻は悪化するばかりで最近は布団に横になっている事が多い。白楊には紅丸を通じてその知らせは伝えられていた。
「ううん、一ヶ月後には帰って来ると分かっているから大丈夫だ。」
障子を開けて貰い、紅丸の隣に並んで雪のちらつく庭を見る。冬でも葉の落ちない山茶花は今が見頃で、野生種の白い花をたくさん咲かせている。小鳥が花の蜜を吸いに枝へとまる、ちょこちょこと羽を動かしながら移動するのが可愛らしい。
「あれはメジロかな。ヒヨドリもいる。」
今朝は常の代わりに緑太がパン屑を撒いていた。葉を落とした木の枝には、寒さに羽を膨らませた鳥が身を寄せ合いとまっている。
「随分、色んな種類の鳥がいるのだな。」
「うん。ここは野鳥が多くやってくるから、賑やかで見てると楽しい。紅丸は何の動物が好きなんだ?」
「…考えた事はなかったな、」
「ははっ。そっか…、俺は何でも好きなんだけど、ナツメが気管支の病気だったからペットを飼う事もなかったし、小鳥に餌をあげるのが楽しみでさ、北国の山でもよくやってたな。」
「帰りたいと思うか?」
「ううん。俺のうちはもうここなんだ。」
「そうか。冷えて来たな中へ入ろう、」
温められた室温が下がるのを感じて、常を促して部屋に入ると障子を閉める。常の腹はまだ大きくなっておらず、言われなければ子を宿しているとは気付かない程だ。
「何か食べたい物はあるか、少しでも口にした方が良い。」
「うん…じゃあ暖かい野菜スープを。緑太も紅丸も、もし嫌いじゃなければ一緒に食べれないかな。一人の食事は苦手なんだ。」
「分かった、そうしよう。緑太に伝えてくるから待っていろ、」
「有難う。」
常は紅丸の後ろ姿を見送って、そのまま縁側にとどまった。雲に覆われた晴れ間のない空を見て、庭に手を伸ばして雪を受け止める。小さな結晶はその形を確認する間もなく溶け手の平を濡らす。
思い付いて、草履を履いて庭へ降りる。足袋が少し雪に埋もれた。キンと冷たく澄んだ空気に包まれると、心なしか吐き気が楽になる気がする。
「案外積もったな。」
足が冷えるがそのまま屈んで、繊細に重なる雪を素手ですくい集めてぎゅっと握った。
「う…さすがに素手は冷たいっ、」
冷たさを堪えて肩を縮める。手の平に収まる楕円を作り、雪の綿帽子を被る南天の葉と実を取って耳と目にする。
「よし、完成!」
「常、何してるんだ。そんな所にいては体を冷やす。」
「あ、紅丸。ほら、雪ウサギ。」
常が楽しそうに笑って、手の平を掲げてみせる。同じように草履を履いて庭へ出て来た紅丸は心配顔で、その細い肩に自分の羽織りを脱いで着せかけた。常の悪阻が重い事が気になり、紅丸はこの懐妊をあまり素直に喜べていない。
「大丈夫だ、北国に比べるとまだ暖かい。紅丸が着てろって、」
雪ウサギを庭石の上へ置いた常は、紅丸の羽織りを戻そうとした。雪で冷えて真っ赤になった手の平を紅丸が握り、それを止める。
「俺の手よりも冷たいな。すまない、温めてやりたくとも魔物は体温が低い。せめて羽織りくらいは借りてくれ。」
左の紅色の瞳と右の金色の瞳が、憂いを帯びる。言うか、言わざるかと迷い、結局口にした。
「もし、…止めたいと思うならまだ間に合う。俺の力で取り除く事も出来る。」
「…何を、」
常は紅丸の顔を覗き込んだ。嫌な感じがする、その視線は常の下腹部を捉えている。紅丸の手を振り払って下腹部を庇うように覆う、足を一歩引いて首を振った。
「止めたいなんて思ってない。せっかく宿った命を殺したりしないでくれ、もう家族を亡くすのは嫌なんだ。」
「…しかし、ろくろく物を食う事も出来ず、体調を崩すばかりで、そのままでは辛かろう。」
「そんなのは一時の事だし、それにこの地では飲まず食わずでも死にはしない。俺は大丈夫だ、調子の悪い時ばかりじゃない。ほら今だってこうして楽しめてる。」
黙り込む紅丸に注ぐ雪は溶けずに髪や着物を飾る、灰色の睫毛に降りた雪は美しい結晶のままだ。常は結晶を良く見ようと近付く。まだ物言いたげな紅丸の頬に手を当てて引き寄せる。
「ごめんな、不安にさせて。ふふ、紅丸は雪が似合う。綺麗だ。」
美しく整った造作、この魔物の為なら多少の辛さは苦にはならない。唇を重ねると、微かに煙草の香りがする。最近は常の側では吸わない、その所為で煙草の量が減っていた。
「俺は子供と会うの楽しみにしてるんだ。紅丸もそう思ってくれると嬉しい。だってこの子の父親だろ。」
「ああ、そうだな。有難う常。」
ようやく、紅丸の表情が晴れる。常の濡れた足元を見て、柔らかな細い体を優しく抱き上げた。自分で歩けるからと断る言葉は、毎度の事ながら無視される。
「そろそろ部屋へ戻ろう。スープを食べる前に風呂へ入った方がいい。足が凍傷になるぞ。」
「うん、紅丸もな。」
紅丸は自分の足元を見た。常と同じで溶けた雪が染みている。
「ならば一緒に入るとするか、」
「えっ、」
確かに檜で出来た風呂は広く、一緒に入れない事もない。実は初めて屋敷へ来た日に、紅丸とは風呂を共にしていたがそれは常の記憶になかった。
「風呂の準備は出来ておりますよ、」
緑太の声が掛かる。きっと二人が庭に出ているのを見て用意をしていたのだろう。
「えっ、いや、一人で大丈夫!」
「さて、行くか。」
常の抵抗はあっさり無視され、緑太に見送られながら風呂へ向かう事になった。その後、風呂場には常の艶めかしい声が響いたが、広い屋敷の為、幸いな事に緑太の耳へは届かなかった。
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