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63.聞いてみただけだから、本当
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汚れたトマトを皿の端へと転がす。リカちゃんが行儀が悪いと説教してきたけれど、俺はそれを無視して話を続けることを選んだ。
「リカちゃん、それって本当に本屋で?本当は本屋じゃなかったんじゃねぇの?例えば…………本当は一緒に晩飯食べたとか……」
カラカラと乾く喉から出た言葉は、あまりにも弱くて。しかも震えてもいるから、きっと聞きづらかったと思う。
けれどリカちゃんは俺の言葉を逃したりはしなかった。
いつも通り、きちんと拾ってくれる。
「間違いなく本屋で会っただけ。それが?」
「本当に本屋なら、リカちゃんは何の本買ったんだよ。だってお前は、いつも欲しい本がある時に本屋に行くだろ」
「何の本って、今日は参考書と先週発売された新刊と……ああ、ちょっと待ってて。実物を見せた方が早い」
きっとリカちゃんは、俺からの質問を不思議に思ってるだろう。いつもは何を買ったかなんて気にもしないのに、今日はやけに気にするんだから。
俺だって、そんなことを聞いてどうするんだって思ってる。それを知ったところで何も変わらないのもわかってるし、嘘をつこうと思えばリカちゃんなら簡単につける。
でも。
本当に蛇光さんとは本屋で偶然出会っただけなら、まだ大丈夫。たまたま会ったから少し話をして、その時に匂いが移っただけ。
それなら何とも思わずにいられるはずだ。
「ほら、これ。気になるのがあるなら、好きに読んでくれていいよ」
部屋から紙袋ごと持ってきたリカちゃんは、中から買ってきた本を出した。いつも一度に何冊も買い込むリカちゃんらしく、そこには文庫本が4冊に雑誌が3冊、そして参考書と英語で書かれた分厚めの本が3冊。
正直、そのどれにも興味はない。
「いらない。本なんか読んでる時間あるなら、次の試験に向けて勉強する」
「慧君、頑張りすぎも良くないよ」
「ちゃんと頑張れてるなら落ちてないし。リカちゃんだって本当は俺の努力が足りないって思ってるんだろ」
「慧君……」
何か言いたそうな顔をして、けれど続けなかったリカちゃんから視線を外す。ずっと黙って食べていた拓海や歩からの注目も感じたけれど、俺は気づいていないフリをした。
リカちゃんは確かに本屋にいた。蛇光さんと会ったのも偶然で、たったそれだけのこと。
こうして事実がわかれば俺は単純で、食べる気のしなかったハンバーグがやけに美味しそうに見える。実際に食べたらやっぱり美味くて、つい笑ってしまった。
俺には昔からの友達がいて、家には美味い飯があって、それを作ってくれる人がいる。立派に『幸せな毎日』を過ごせてる。だからあの女なんて気にしなくていい。
そう思えば、ようやく肩の力が抜けた。もう気を張らなくても大丈夫だと思った。
でも、それはあまりにも短い平和。浮いて沈んで、沈んで浮いた気持ちは、次は沈むしかないんだ。
沈めるのは誰だ。
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