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「兎丸」
名前を呼ばれてから差し出された紙。今までの頑張りがこれ1枚で決まる。
別にこの後にも何か方法はあるかもしれない。他にタイミングだって作ろうと思えば作れる。
けれど俺が初めて自分から行動して、初めてリカちゃんに真正面から挑んだんだ。だから俺は今回どうしても勝ちたい。
でもって胸を張って言いたい。
ドキドキと鳴る心臓の音。口から飛び出すんじゃないかって不安になって、グッと胸を押さえる。
なかなか受け取れないその紙を持っていたリカちゃんがフッと笑った。
「いらないのか?」
誰よりも俺が緊張してるのを知ってるくせに、唇を片方だけ上げて笑ったリカちゃんが解答用紙を揺らした。裏向けのそれに薄っすらと赤い字が見えるけれど数字まではわからない。
「いらないなら俺が貰っておくけど」
受け取ろうと伸ばした指が震えて、うまく掴めなかった紙がひらひらと舞って床に落ちた。
それを拾おうと屈んだ俺の視界に黒くて柔らかな髪が映る。横目で俺を見たリカちゃんが微笑んだ。
横顔しか見えないのに、その顔は先生の時のそれじゃなく俺だけが知ってるリカちゃんだった。
俺よりも先に紙を拾ったリカちゃんが起き上がって言う。
「よく頑張った」
「…え?」
「まさか本当にここまでしちゃうとはなぁ。正直言って無理だって思ってたから驚いてる」
今度は表向きで渡された紙には今まで見たことのない数字。絶対に無理だと思った点数が書かれている。
微笑んだままのリカちゃんから答案用紙を受け取って俺は席に戻る。何度見返しても、裏に返してみても変わらない。
俺が欲しかった点数がそこにはあった。
自分なりに必死に頑張った結果が出た。
瞬きして、目を擦って、1回机の中に解答用紙を隠して…思いつく限りのことを試してみても点数は変わらない。
リカちゃんの綺麗な文字で大きく書かれた数字が変わらずそこにある。
「なあ慧!!聞いて、俺初めて50点以上とった!」
そんな拓海の声も今の俺には聞こえない。ただ、やり遂げた達成感に打ち震える中、テストを返し終えたリカちゃんが教卓に手をついて口を開く。
「今回はもう1つの方のテストが難しすぎたから、それに合わせてかなり甘めでつけてる。点数が良かったからって油断すんなよ」
俺は心の中でガッツポーズを決める。甘めだろうがそんなのどうだっていい。
「ちなみにこのテストの平均点は65点。いつもより15点近くは上だから各自今の点数に自惚れんな。その点数からマイナス10点以上は覚悟しとけ」
「……え」
返されたテストを見てリカちゃんを見て、またテストを見る。丸ばっかりのテスト…初めて見る数字。
そしてリカちゃんが言った言葉。
リカちゃんは10点以上オマケした…って言ったけど嘘だと思いたい。だって、本当なら俺はもっと点数が低かったってことになってしまう。
けれど周りを見るとみんな点数が高かったのか嬉しそうに笑ってて、舞い上がっていた気持ちが落ち着いてちょっとヘコんだ。
さっきまでキラキラ輝いていた解答用紙が切ない。
ぼんやりと1枚の紙を眺めていると、リカちゃん先生が黒板をトントンと指の背で叩いた。
見上げた先では黒板にに持たれて腕を組んだ『先生』が微笑む。
「それでも頑張ったことに変わりはないし、問題を理解しなきゃ答えは出せないんだからちゃんと前に進んでる。勝ちは勝ちだって自信を持っていいと俺は思うよ」
それを言った男はすぐに黒板に向いてしまい、今は背中しか見えない。けれど、今のは絶対に俺に向かって言ったセリフだ。俺とリカちゃんにしかわからない誉め言葉だ。
リカちゃんが、あのリカちゃんが負けを認めた。負ける勝負はしないって言ってたリカちゃんが。
何事もやってみなきゃわからない。やらなきゃ可能性は無いし始めるのに遅すぎることはない。
本当にその通りだった。
あと数日したら冬休み。終業式の次の日は祝日で、その次がクリスマスイブ。
いつも歩はバイトで拓海は誕生日だからって家族と過ごしてて……いつも俺が1人だった日がやってくる。
緊張と不安と、心配と…色んなことを考えた数日が過ぎて、あまり寝付けないまま朝を迎えた俺は身支度をして家を出る。
左手首で光る石が外の空気に触れ、キラキラと輝きながら嬉しそうに揺れていた。
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