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とある春の一日 4
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「ただいま」
「おかえり」
ミカを出迎えるアルはいつも通り笑顔でキスをする。
ミカもいつも通りキスをしながら内心は不満だった。
しかしミカは、このキスが出張中はずっと無くなるんだとアルが考えていることは知らなかったし、アルは彼の笑顔で却ってミカが不安になっていることなど知りもしなかった。
食事もいつも通り。ソファで紅茶を飲みながら、それぞれ寛いでいるのもいつも通り。
しかし、ミカは広げた新聞の内容など頭に入っていなかった。
目は字面を追いながらも、どうやってアルに寂しいと言わせようかと思案していた。
アルもアルで、本を読みながらも、隣に触れてるミカの体温が出張中は無くなることでどれだけ寂しいのだろうかと心の中でため息をついていた。
「アル、週末、買い物に付き合ってくれる?」
「いいよ。何買うの?」
「出張の準備。長期は初めてだし、南半球も初めてだからね」
現実味を増して迫ってくる出張という単語。
アルはそれでも「季節が逆だね」と、さらりと返した。
ミカはアルの髪をさらさらと指で梳きながら彼の瞳を覗き込んだ。
「寂しくない?」
アルは一瞬目を見開いて、それから目を伏せた。
「ミカは社長で、出張は仕事でしょ?」
「だから?」
アルの髪に潜ったままミカの指が止まった。
「仕方ないじゃん」
「何が?」
アルが目を上げるとミカは複雑な表情をしていた。
怒っているような悲しいような、それを隠すように笑顔を作ろうとしている途中のような…。
「僕が聞いてるのはアルの気持ちだよ?」
行って欲しくない。
しかし、行かないでと言える類のものではない。
なら、仕方がない。呑み込むしかない。
わがままを言ってミカを困らせたくない。
これだけ世話になってるんだから引き留めて煩わせたくない。
ミカの立場を考えたら言うべきじゃない。
だから言わない。言いたくない。
「離れるのは君には何でもないこと?」
そんなわけないじゃん。
でも、寂しさも不安も考えたらダメ。気付いちゃダメ。
そんなの無いって蓋しておかなきゃ、2週間も3週間もミカがいない状況に耐えられなくなる。
「…だって、仕方ないことじゃん」
そう答えたアルを、ミカはソファの背もたれに押し付けた。
「寂しいとは思ってくれないの? そう感じるのは僕だけ?」
「なんで怒ってるの」
アルの台詞はミカの乱暴なキスで最後まで言えなかった。
「僕だけが寂しいと感じて、離れたくないと思ってるのは耐えられないよ」
目を逸らしたいのにミカの瞳から目が離せない。
「僕がアルを思うほどにはアルは僕を思ってないってこと? 同じ強さと重さで僕を求めて欲しいと思うのは欲深すぎる? 僕にはアルが必要だけど、アルにはそれほどでもないのは、すごく……寂しいよ」
どん、とミカを押しのけてアルは彼から距離を取った。
「んなわけないじゃん! 寂しくないなんてこと、あるわけない! 寂しいに決まってる!」
驚いたようにアルを見つめるミカは何も言えずに動きを止めた。
「ミカが何週間も遠い海外に行っちゃうのに、俺がなんとも思わないなんて、何でそう思うんだよ! 言わせんなよ! 寂しいって言ったら…!」
アルの目が潤み、鼻をすすった。
「そんなの口にしたら余計に寂しいだろ。本当に寂しくなっちゃうじゃないか!」
「アル」
「言わせるなよ」
とうとう一粒、アルの目から涙がこぼれた。
「俺が言ったらミカに負担だろ。迷惑かけたくない。社長なんだから仕方ないって我慢してるのに。俺が行くなって言ったら、ミカ困るだろ! 出張なんて行ってほしくないって言わせたいのかよ!」
アルは唇を噛んで涙を堪え、ミカを睨んだ。
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