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⑥
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(どうして……)
どうして一ノ瀬くんは、こんなにも俺を掻き乱してくるのか。
好きだと言えないのに、こういうことをされるから、余計に好きになってしまうんだ。
こんなの、一ノ瀬くんへの気持ちなんて断ち切れそうにない。
それどころか、一緒にいればいるだけ、可笑しくなったみたいに一ノ瀬くんが好きになっていく。
今の一ノ瀬くんには分からないでしょう?
好きだって、一ノ瀬くんと同じ気持ちだよって、そんなことは微塵も伝えられない。
苦しいんだよ。
喉の奥が痛くて、どんな言葉だってつっかえる。
思っていること全部を言ってしまえたら、一体どれだけ楽になれることだろう。
だけど、それが出来ないから。
ごめんなさい。
一ノ瀬くんはこんなに俺のことを好きだと言ってくれるのに、俺は何もしてあげられてない。
「一ノ瀬くん…っ…」
「佐伯さん」
一ノ瀬くんはにこりと微笑み、掌で俺の口を塞いだ。その笑顔にも、何もかもで満たされる。
「言いたくないことは、何も言わなくていいです」
全部伝わってますから、と俺を気遣う一ノ瀬くんの言葉。
これ以上は、俺の中に入って来て欲しくない。そう思うのに、一ノ瀬くんの優しさが胸に染みた。
「…でもさぁ」
すると神代が、わざとらしく声を発す。
神代の言葉なんて、何を言い出すかも分からないし、聞きたくなかった。
「陽裕は好きだって言ってないじゃん、君のこと」
まるで、俺の反応を愉しむような神代の表情。
(……そんなの)
卑怯だ。
「ち……っ」
違う。本当は好きだと良いそうになって、俺は咄嗟に口を噤んだ。
それに気付いた神代が、何か企んだふうに俺の方を向く。
「なぁに?どうしたの、陽裕」
言わない。
「なんでも、ないっ……」
神代が、俺に本当のことを言わせたいことは分かった。
だから俺は、一ノ瀬くんからも神代からも目を逸らし、答える。ここで言ってしまえば、全てが壊れてしまう。
(ごめんなさい……)
どうして一ノ瀬くんだったんだろう。
こんなに誰かのことを好きになったことなんて、今までに一度も無い。
全部、初めてなんだ。
一ノ瀬くんだから思うことなんだよ。
好き。
(好き……)
本当に、好きで、大好きで。
だけど、気付いた時にはもう遅かった。
「……佐伯さん」
(無理だ……)
そんなに優しい声で呼ばれたら、嫌でも一ノ瀬くんに縋ってしまいたくなる。
全て一ノ瀬くんにぶつけて、俺を縛るものから逃れたくなる。
そしたら俺は。
「…っ俺……」
もう近くにいられるのも苦しくて、俺は一ノ瀬くんを押し返す。
そんな俺の力なんて容易に抗えるだろうけど、一ノ瀬くんは素直に俺から離れた。
「……もう、帰りたいです……っ」
その悲痛な声に、俺は一ノ瀬くんが掛けてくれたコートをぎゅっと握る。強く強く、俺の周りに纏わり付く嫌なもの全部を消し去るように。
「ぅぅ…ッ……」
だけど、そんなんじゃ全然足りなくて。
不安と恐怖、苦しみや辛さ、色んなものに押し潰されそうになる。
(一ノ瀬くん……!)
本当は、もっと近くにいて欲しいよ。
「…ねぇ陽裕」
神代が、また俺の名前を呼ぶ。
心地の良いものではなかった。
「また今日みたいに無防備だと、いつでも襲うからね?」
耳元で囁かれた言葉は妙にリアル感を持っていて、俺は何も言い返せなかった。
こいつなら本当に次もある。
本気でそう思った。
「……佐伯さん、帰りましょう」
わざと俺に気にさせない為か、一ノ瀬くんはそう優しく声を掛けて、俺に手を伸ばしてくる。
でも俺は、一ノ瀬くんに腕を抱えられる前に、自分で足に力を入れて立ち上がろうとした。
しかし、
「ぁ……っ」
突然、ガクッと膝の力が抜けて、そのまま倒れそうになる。
やばい、と思った瞬間に、咄嗟に一ノ瀬くんの腕の中に抱えられて。
「…だから、俺がちゃんと佐伯さんを帰しますから」
(もう、俺に構うな……)
そう、思うのに。
一ノ瀬くんの暖かさが、すごく安心できる。
「…っ……」
俺は、自然と一ノ瀬くんを抱き締め返していた。
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