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七夕
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この小説の始まりです。
『七夕……………………?』
十数年前。
古ぼけたアパートから夜空を見上げ、チビ大和は首を傾げる。
『おう……………………今夜は、珍しく天の川が少し見えるなァ…………………………ほら、あの星の川にな、一年に1回橋が架かんねん。その橋の上で、彦星と織姫って恋人同士が、この日だけは会えるんや』
部屋の明かりを消し、嵩原は窓の桟に腰を掛けて、膝に乗せた大和へ語りかける。
二人だけの、アパート。
母親が居なくなって、嵩原は極力大和ととの時間を作り、沢山の会話を繰り返す。
自分が出来る事は、全てしてやる。
若いながらに、嵩原は一生懸命子育てをしていた。
『一年に1回しか会えへんのん?可哀想やな…………』
大和は、そんな自分を支える父親の腕を握りしめ、甘えた様に身体を密着させて、呟く。
『そんなん、寂しい……………………俺は、お父ちゃんとずっと一緒がええし………………会えへんかったら、泣いてまう』
『…………………大和…………………』
もう、大和には父親しかいない。
恋人がどんなものかとかは、まだわからないが、とにかく大好きな人と一緒にいたい。
小さな大和の、大きな願い。
『お父ちゃんは、ずっと一緒におるし、何処にも行かへん……………………もし川が、お父ちゃんと大和を引き離したら………………お父ちゃんは、どんな濁流でも渡って、大和の腕を掴みに行ったる…………………絶対に、離れ離れにはならへんよ』
子育て初心者。
毎日手に絆創膏をして、大和のご飯を作り、毎日四苦八苦して大和を幼稚園に送り、迎えに行って、お風呂に入れる。
ヤクザで、若い親だと蔑まされる事も少なくないが、嵩原は決して大変さを顔には出さなかった。
七夕の日。
時代を感じさせるアパートで、親子の絆はより深まっていった。
「親父?何しとんねん………………?」
現代。
高級なマンション。
二人だけのアパートは、いつからか立派なものへと変わりゆく。
関西にも大きな屋敷を構える嵩原達は、関東の住まいも大和のポケットマネーだけで、高級なマンションをポンッと借りられる程、財力も手にしていた。
大和は、バルコニーで空を見上げる父親にビールを手渡し、隣に並んだ。
「いやな…………………今日、七夕やなーて思うてな」
「七夕?……………………ああ、そうか……………今日は、7月7日か…………………」
父親と同じように視線を上げ、大和は思い出したように声を漏らす。
何年振りだろう。
七夕だなんて、空を見上げるのは。
そう言えば、昔もこんな風に、父親と空を見上げた事があったような………………………?
幼かった大和には、もう微かな記憶。
「でも、あかんな………………都会の夜空は、天の川なんか見えへんわ…………………首が痛とうなるだけや」
嵩原は諦めたように笑みを溢し、隣でまだ空を見る大和へ目を向けた。
「……………………一年に1回しか会えへんの……………可哀想やな……………………」
「え………………………」
それ………………………。
バルコニーで一人、昔の思い出に浸っていた嵩原の心を揺るがす、我が子の何気ない一言。
随分昔の話。
多分、大和は覚えていない筈。
「そんなん、寂しい……………………俺やったら、耐えられへんわ……………………」
それでも、変わらない息子の考えに、父親は何だか救われる。
酷な世界へ身を投じても、綺麗な所は残ってる。
必死に子育てをしてきて、良かった。
大和を見つめる嵩原の目は、嬉しさから自然と細くなっていた。
「心配せんでも、お前は一人にはならえへん……………沢山の仲間がお前の元にはおるし、大体、俺がお前を離しはせん…………………どんな濁流でも渡って、必ずお前の腕を、掴みに行ったるわ」
「……………………親父…………………」
夜空に天の川は見えないが、また新しい七夕の思い出は出来上がる。
「ま、お前は織姫って柄やないけどな」
「うっさいわ…………………」
そうして、嵩原は照れ臭そうに顔を逸らす大和に近付き、ソッとキスをした。
「親……………………」
「大和…………………お父ちゃんの子供に生まれてきてくれて、ありがとな…………………」
大変だった。
子育てを教えてくれる親もいない嵩原には、大変な日々だった。
でもそれは、これからも続いていく。
親に、代わりはいないから。
だけど、そんな苦労も、大和の成長が全てを消してきてくれた。
「俺は………………お前の親でおれて、世界一幸せや」
七夕。
天の川は見えなくとも、心に橋は架かってる。
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