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迷走中(1)
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1ヶ月間、今まで通り吉野くんと付き合えることになった。
自分でも、何がしたいのかよくわからない。でも今までみたいに楽しい毎日が送れるならそれでいいかなぁ。
駅の改札口で吉野くんが待っている。初めてデートをした時と同じ場所。今日は一緒に映画を観に行く予定だ。
「おはよう。待った?」
すっと横から近づいて声をかけると、吉野くんは明らかにビクッとして振り向いた。
「あ、えっと、今来たとこ」
「へえ。じゃあ行くか」
吉野くんには言ってないけど、うさぎときつねが主役で動物がいっぱい出てきそうな映画をやってるから、それを観る予定。
きっとそういうの好きだよね。
「翠くん…」
後ろから声が聞こえて、ふと横を見ると、吉野くんはついてきていなかった。ぼんやりしてるんだなぁ。
「吉野、行くぞ」
戻って手を引っ張ろうとしたけど、吉野くんはそれを振り払った。
「翠くん、ちょっと聞いてほしいことが…」
「俺は翠じゃない」
「いや、君は」
「吉野は碧の手を振り払わない」
「……わかったよ」
吉野くんはやっと僕の手を取ってくれた。
うれしい。…いや、でも、碧はこんなことしないよな。
はっとそう気づいて手を振りほどくと、吉野くんはぽかんとした。
「えー…なんで?」
「碧は人前で手を繋がない」
「はあ…」
なんとなくぎくしゃくしたまま、映画館へ歩き出す。
「あのさあ、翠くん」
「………」
「…碧くん」
「何?」
「これやっぱおかしいでしょ。どうして普通に遊ばないの?僕と翠くんで映画を観に行く、でいいじゃん」
「それじゃデートにならない。吉野は碧と付き合ってるんだよ。翠と出かけたら単なるお出かけだ」
「君がどんなに言い張っても、君は翠くんじゃん。なのに碧くんって呼ぶの、おかしいじゃん」
「大丈夫。見た目が同じで行動も真似してるんだから、今の僕は碧そのものだよ。慣れればまた今までみたいに大好きな碧とデートしている気分になれるよ」
「話が通じない…」
ぼそっとそう呟いたのは聞かなかったことにした。
「あーー面白かった!」
映画が終わると、吉野くんはにこにこしながらそう叫んだ。
「どこが面白かった?」
「ハムスターがみんなで歩いてるところ!碧くんは?」
「んー、物が飛び出してくるのがすごかった」
「あれ?3D見るの初めてだった?」
「うん。あれ、触れないんだな」
「あはは!当たり前だよー!」
よかった。映画は楽しんでもらえたみたいだ。
実は開始早々寝てしまったことは黙っておこう。
「この後どうする?まだ15時だけど」
吉野くんにそう聞かれ、思わず顔が緩む。
もう帰りたいって言われなくてよかった。僕のこと、ちゃんと碧だと思えるようになってきたのかな。
「うち来る?今日はあお……あ、えーと、今日はサイムしかいないし」
「えっ本当?碧くんの家また行っていいの?やったー!ところで前聞けなかったけど、サイムくんって何者なの?」
「さあ。メロンパンの妖精じゃない?」
サイムのことはよく知らないし、さほど興味もない。とりあえずメロンパンを与えとけばなんとかなる子としか。
吉野くんが映画の感想を興奮した様子で話しているのを見ているうちに、家に着いた。
「あ、おかえり、スイ」
玄関を開けるなり、駆け寄ってきたサイムにそう言われてしまった。
「あー……ただいま」
「ヨシノ、こんにちは」
サイムは吉野くんにぺこっと頭を下げた。
「あれっ、サイムくん僕の名前知ってるの?」
「うん。今日はヨシノって人が来るってスイが言ってたもん」
「ふーん、翠くんが」
吉野くんがちらっと僕を見る。
せっかく慣れてきたのに、このままじゃ台無しだ。
「サイム、俺たち2階に行くから、入ってくるなよ」
「1回だけ入ってもいい?お客さんに飲み物出すやつやってみたい!」
「いいよ。冷蔵庫にジュースとか入ってるから」
「わかったー!」
サイムは無邪気に冷蔵庫へ駆けていった。
「子どもみたいだね、サイムくん」
「ああ」
吉野くんを自分の部屋に入れた。これで2人きりだ。
さて、何をすればいいんだろう?友達を家に呼んだことがあまりないからよくわからない。
ゲームとか持ってないし。テレビもないし。漫画も本もない。
碧だったらどうするんだろう。…いや、碧は絶対家に人を呼ばないな。
「碧くん」
僕が迷っている間に、吉野くんは床でごろんと寝転がっていた。リラックスしすぎだ!
「何?」
「翠くんってどんな人?」
「だから俺は」
「大丈夫、君は碧くん。碧くんに翠くんについて聞いてる」
「ああ…」
どうしてそんなこと知りたいんだろう。吉野くんは碧にだけ興味を持っていればいいのに。
「翠は…別に、普通だよ。特に言うことはない」
「好きな食べ物は?」
「プリン」
「好きな色は?」
「緑」
「好きな人は?」
「よ……いや…なにこれ…」
「色々あるじゃん」
吉野くんはにこっと笑った。
「もっと自分に自信を持てばいいのに」
「む……」
「失礼しまぁす」
サイムがジュースが入ったコップとメロンパンを持って入ってきた。
「はい。ジュースどうぞ〜」
コップを僕と吉野くんの前に置くと、メロンパンは自分でむしゃむしゃ食べながら出て行った。
「あ、それはくれないのか」
「サイムくんそのうち糖尿病になるんじゃない?」
「辛いな」
「せっかく出してくれたしありがたくいただくね!」
吉野くんはコップを手に取りぐいっと飲んだ。
「お!このオレンジジュース、さっぱりしてておいしいね。どこのやつ?」
「いや、知らない。オレンジジュースなんてあったかな」
ためしに飲んでみると、なんだか変な味がした。
「おいしくない。吉野にあげるよ」
「ありがとう!」
吉野くんはごくごくと一気に飲み干した。
「ふふふ。おいしいなあ。碧くんこっち来て!」
「ん?」
吉野くんがにこにこしながら僕を手招きした。一瞬迷ったけど、素直に近づいてみる。
すると、頭をすりすり撫でられた。吉野くんにしては大胆な行動だ。
「碧くん、大好き」
「ああ、そう」
「大好き大好き!」
「ちょっ、離れろよ」
吉野くんはさらに大胆になり、僕の腕を抱きしめ肩に頭をもたれさせてきた。
「やだ。好きだもん」
「好き好きうるさい」
「翠くん」
「えっ…?」
吉野くんは僕の名前をつぶやくと、頬にキスをした。
「ふふっ」
そう思わせぶりに微笑むと、そのままバタンと倒れてしまった。
「寝てる…」
吉野くんはすうすう寝息を立てている。
サイムの持ってきたこれは、たぶんオレンジジュースじゃないな。アルコールが含まれているんだな。
なんてベタな展開なんだ!
心の中で文句は言えるけど、実際心臓はバクバクしている。
どうして、ちょくちょく僕の名前を出すんだろう。なのに碧大好きって…悪魔みたいだ。
ため息をつき、部屋を出ることにした。吉野くんにかける布団を取りに行こう。
廊下に出ると、サイムがくすくす笑いながら立っていた。
「サイム?あのオレンジジュース…」
「どう?効いた?」
「えっ?!」
「あれね、スピリタスのオレンジジュース割りなんだよ。知ってる?すっごく強いお酒なんだってー」
「いや知らない…ていうか、サイムわざとやったの?」
「うん!面白いかなと思って」
「なっ……悪魔はサイムの方だね…」
「僕は悪魔だよ」
サイムは得意げににまっと笑った。
「サイム。僕たちまだ高校生だから、お酒とか飲んじゃだめなんだよ。二度とこんなことしちゃだめだからね?」
「えー、せっかくスイのためにやったのに」
「僕のため?」
「こういうことすれば好きな子が手に入るって、この絵本に書いてあったの」
「サイムこれ絵本じゃなくてエロ本!どこで手に入れたの?」
「このおうちにあったよ。どこで見つけたっけなあ」
「…えっ!じゃあ碧のってこと?それとも…ま、まさか、お父さんやお母さんが…?」
「知らなーい」
サイムは手をひらひらさせながらどこかへ逃げていった。
好きな子が手に入る…
…いや、そんなわけないよ。吉野くん、酔うどころか寝ちゃったし。
両親の寝室から毛布を引っ張り出し、吉野くんにかけてあげた。床の上じゃ目が覚めたとき体が痛くなってるかなと思って、せめて枕を挟もうと頭を持ち上げたら、吉野くんがぼんやり目を開けた。
「あおいくん…?」
か、かわいい。眠そうな表情、なんか良い。
ほわんとした気持ちになる。
しかし吉野くんは、にこっと笑って言った。
「ちがう。翠くんだ…」
心臓がドクンと音を立てた。
もう、騙せない。吉野くんは完全に、僕と碧の区別がついてしまった。
だめだ、そんなの。碧じゃなきゃ、吉野くんと向き合えない。碧にならなきゃ。碧になりたい…。
僕はふらふらと立ち上がった。そして行くあてもなく、家を飛び出してしまった。
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