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エピローグ→ユキの場合(4)
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次の日、僕はこっそり家を出て、ハローワークへ向かった。
兄には悪いけど、やっぱり気になる。僕が忘れている記憶があるなら、知っておきたい。
「おー!来たか来たか!」
ハローワークの入り口で、昨日の青年が待っていた。
「悪魔の世界に行くのは久しぶりじゃ。043号、元気にしとるかのー」
そう言いながら青年は何やら手を動かしていたかと思うと、先の見えないゲートのようなものを作り出した。
「え…何これ?」
「ほれ、行くぞ」
「わっ!」
青年に背中を強く押される。ゲートの中に飛び込む瞬間、後ろから誰かに手をつかまれた。
「だ、誰…」
振り返る前に闇に包まれて、明るくなったときには見たことのない世界が広がっていた。
照りつける日差しの中、雪でできた建物が並び、それぞれじんわりと溶けていっている。
「ついたぞ!ここが悪魔の世界じゃ」
「…なんで全部雪でできてるの?」
「お前にはそういうふうに見えるんか?ここの風景は見る者の心によるんじゃよ」
「へー…」
「おい、止まれ」
後ろから低い声が聞こえた。思わず足を止めると、肩をぐいっと引かれた。
「帰るぞ、ユキ」
「兄ちゃん!」
兄は無表情で僕の背中に手を回し、自分の胸に引き寄せた。おそらくさっき手を掴んだのは兄だったようだ。
「ん?お前……誰じゃ?」
青年の呑気な声が聞こえる。
「……マオだ」
こんなおかしな空間にいるのに、兄は落ち着いていて、堂々と名乗っている。
「マオ?えーっと、どこかで聞いたことがあるような気がするんじゃけど…」
「俺とユキは帰る。ゲートを出せ」
「兄ちゃん!」
抗議の意味で声を上げたが、兄は僕の口をふさぐように、顔を胸に押しつける。
そこで僕は気づいてしまった。兄の右手が震えていることに。
「兄ちゃん…」
「帰るぞ。家に帰っておいしいご飯でも食べよう」
「僕は全部知りたいんだ。兄ちゃんが僕のこと、大事にしてくれてるのはわかってる。でも僕は…」
「なぁ、さっきから言っとる、兄ちゃんってなんのことじゃ?」
こっちの様子は気にせず、青年が口を挟んだ。兄の腕を抜けて、青年と向き合う。
「えーっと、僕の兄ちゃんがついてきちゃって…」
「お前は兄なんかおらんじゃろ?」
「………え?」
「043号に聞かされたぞ。ユキは両親が事故で亡くなって、ほかに家族もいなくて天涯孤独じゃって」
「なっ…何言ってるの?たしかに両親は死んだけど、僕には兄ちゃんがいるよ」
「いや、おらん」
「いるよ!兄ちゃんは、お父さんとお母さんがいなくなった後、高校やめて働いて、僕のことずっと面倒みてくれて…」
「お前の面倒をみとったのは043号じゃ」
「だから、誰それ……ねー兄ちゃん?043号って、誰?知ってる人?」
「………」
「兄ちゃん?」
兄は何も答えずうつむいている。表情はよくわからない。
きっと兄は何かを知っている。でもそれは、僕には教えたくないことで…
「あーー!思い出したぞ!マオってあれじゃ!元魔王の息子!!」
突然、青年が興奮気味に叫んだ。
「魔王…?」
「姿を見んなぁと思っとったけど、ユキの兄なんかやっとったんか。物好きじゃのー」
「兄ちゃん、この人知り合いなの?」
「………ああ、もう…」
兄はつかつかと青年の方へ歩いていく。
「ど、どうしたんじゃ?なんかわし、まずいこと言ったかの?」
「お前の目的は何だ?」
「ほ?ユキに記憶を戻してやろうと思っとるよ」
「それはわかってる。どうして戻そうと思ってるんだ?」
「そうしんと、ユキも043号もかわいそうじゃろ?昔は家族みたいなもんじゃったのに、今は他人以下じゃ」
「…ユキには俺がいる」
兄は青年の方に手を伸ばし、みぞおちのあたりを押し、はっと何かに気づいたように手を引っ込めた。
「………」
「なんじゃ?お前、わしの魂取ろうとしたんか?」
「……違う」
「まあなんでもいいわい。とにかくわしはユキを連れて行く。来るじゃろ?」
青年は当然のように僕に手を差し出した。
「…ねえ、今さらだけど、君なんて名前?」
手は無視して尋ねると、青年はちょっとむっとした顔をした。
「名前ぇ?14号とか、リシとか…いや、そういえばお前はじょーしさんって呼んどったわ」
「ジョージさん?」
「違うわい!上司さんじゃ!」
「ジョージさん、行こう。僕は全部知りたいんだ。僕の家族みたいな人がいるなら、会ってみたい」
「う〜〜〜ジョージじゃないのに〜〜〜」
兄に目を向けると、泣きそうな顔で突っ立っていた。
「兄ちゃんも、一緒に行こうよ」
「嫌だ」
兄は小さな子どもみたいにかぶりをふった。
「…本当のことを思い出したら、ユキは俺を捨てます」
「そんなことないよ。何があったって僕は兄ちゃんのことが大好きで、一生養ってもらうんだもん」
「………あなたが全てを思い出す前に、伝えておきます」
兄は暗い目で僕を見据えている。
「初めて会ったとき、俺はユキが大嫌いでした。俺が得られなかった、お父さんからの期待を簡単に手に入れて、魔王候補になって…それなのに、ユキの目的は全然関係ないふざけたものだった」
ついに兄が僕の知らない記憶を語り始めた。
父を巡って喧嘩でもしてたんだろうか?
「じゃあ好きになったのかというと…よくわかりません。でも俺の居場所はユキの隣にしかないし、ユキに頼られるのは幸せでした」
「そんな、別れの言葉みたいなのやめてよー」
「別れじゃありません」
兄は暗い目のまま僕の手首を強くつかんだ。
「もし今回もあなたが俺を捨てるなら、俺はあなたを地獄へ道連れにします。地獄で永遠に一緒になりましょう」
「じ、地獄?」
「大丈夫です。俺は閻魔の息子なので、あなたが俺を頼ってくれるなら、そんなに酷い目にはあいません」
「いや…えっと……」
地獄というのは、何かの比喩なんだろうか?今のはかなり重量級の愛の言葉ということ?
「もう!一体いつまでわしを待たせるんじゃ!行くぞ!」
ジョージさんはぷりぷりしながら歩き出した。兄がさっさとついていくので、僕も慌てて後を追った。
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