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事件後
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それから彼は村から連れ出された。
コートの男は、退魔を生業にした職の者だった。あの吸血鬼は、男の仲間を殺して逃走しており、それを追跡していたらしい。
男は、彼に告げた。もう、人間の世には居られないと。一度人間を殺した犬が殺処分されるように、人型の生物を襲った吸血鬼は、人を殺すことが出来る存在になってしまうと。
それは現在の日本社会には相容れない。
彼は死んだことにされ、着の身着のままで吸血鬼の村に運ばれた。
村を出る直前、転校生が会いに来た。転校生は、彼に何故今まで何もしなかったと罵った。転校生と幼なじみは親友だった。何故親友を助けてくれなかったのかと問い掛ける転校生に、彼は何も言えなかった。俯きながら転校生の怒鳴り声を聞く。
見かねたコートの男が引き離すまで、転校生は彼を罵倒し続けた。引き離されていても、転校生は罵り続けた。彼が故郷を去り、山道を歩いている時も、山から山へ反響しながら彼の罵倒が聞こえてくる。
「人殺し、人殺し、人殺し、人殺し」
山を越えても川を下っても県を跨いでも聞こえてくる罵倒。それは、彼の体に絡み付き、彼の耳にこびり付くのであった。
その後、彼はコートの男に連れられて、山に作られた船着き場で船に乗り、天に浮く扉を開き、鳥居をくぐり、様々な行程を経て吸血鬼の村に辿り着いた。
村の吸血鬼とコートの男は仲が良かった。
妖怪全てが人間と敵対的な訳ではない。吸血鬼の殆どは人間と共存共栄しながら生きており、退魔師と呼ばれる者と協力して暴れ妖怪を取り締まる者もいた。あの吸血鬼はハグレと呼ばれる吸血鬼の犯罪者だったのだ。
彼は吸血鬼が沢山いる事に驚いた。彼も吸血鬼なのだが、人間として暮らしていた彼にとって、吸血鬼として生活している吸血鬼達は化け物のように恐ろしく見えた。
もう一つ驚いた事は、世界が彼の知っていた物より多かった。これは比喩ではなく、授業でならった知識よりも大陸や島の数が多かった。バミューダ諸島の横にはオーストラリアより一回り小さな大陸があったし、四国の横には知らない島が浮かんでいた。本州の大きさも、彼が知っているより一回り大きい。
説明を受けて信じられなかったが、彼が人間として学んでいた地図には人間の領域のみが記され、実は他にも大陸や隠された地域があったのだ。それは様々な面で管理され、一般人には知られないようにされていた。
何故そのような事をしているかというと、神霊達との契約で人間と神霊の住む場所を完璧に分ける事が決められたからだ。それは第一次世界大戦後に交わされ、契約を交わした国々は未だにその契約を守っている。
吸血鬼の村は、そんな隠された地域の山奥にあるそうだ。村人全員が吸血鬼である村であったが、そこでも彼の力は群を抜いていた。吸血鬼さえも喰らう、大いなる始祖級の吸血鬼。しかも、吸血鬼としての教育が一切されていない彼は厄介な存在だった。誰が彼を育てるか揉めた結果、彼はとある家の養子となった。
それは、その字面通りの身分ではない。養家は、代々とある吸血鬼の村の名家に仕える家柄だった。その家の女主には子がおらず、跡継ぎとして彼を引き取ったのだ。
そこでの生活は厳しい物だった。甘やかされた彼に、その老婆は名家の使用人に相応しい礼儀と教養を叩き込んだ。甘えは許されず、怠ければ激しく折檻された。
力は彼の方が強かったが、気迫で負けた。毎日毎日、炊事に始まり、未来の主を護るための戦闘術や、主を楽しませる為の芸事や教養を学ばされた。
頭も体も酷使する辛い日々だったが、彼が及第点を出すと、老婆は時折誉めてくれた。悪鬼羅刹のような老婆は完璧な人だった。そんな彼女に認められるのは、コンプレックスにまみれた彼に自信と喜びを与えた。
次第に彼は遣り甲斐を見つけ出し、精進するようになる。もっと老婆に褒められたい、もっと老婆に認められたい。努力すると次は、得た技を使いたかった。ちょうどその頃、老婆は里での奉仕活動を命じた。
相変わらず陰険な彼だったが、誰かに仕える為に教えられた技術は他人を喜ばせた。
料理を作れば食べた者が笑い。
掃除をすれば、自分が綺麗にした部屋で寛ぐ。
その様子が嬉しかった。
彼は次第に他人に仕える喜びを学んでいった。それにより、自分の分を弁える事や他人を思いやる事を身につけた。陰険な彼の性格は個性として受け入れられ、以前のような厄介者を相手にするような友人関係ではなく、対等な友人関係を築けた。
そして彼が十九歳の頃、老婆から名家の五男坊に仕えるようにと命じられたのだった。
仕える相手は宗之助と言った。齢十歳の病弱な主は、その血統に相応しい能力を持っていたが、甘やかされて育ち、とてつもなくウザかった。自己顕示欲が強く、ナルシストで我儘。自分の意思は曲げないくせに、寂しがり屋で甘ったれ。
そう、主は昔の彼にソックリだったのだ。
まあ、彼は一人称が【ボクチン】じゃなかったので、多少は主よりマシだとおもっているが。
彼は主を見て、自分が何の為に引き取られたのか理解した。気難しく気分屋だと言われている、主の考えている事が簡単に理解できる。何が気に入らなくて何が許せなくて、どう言えば納得してくれるか分かった。
彼は上手く主を宥めて導いた。主の為に付き従い、時には苦言も挺した。癇癪持ちな主だったが、叱られても彼ならば主は大人しく聞いた。
主は問題はあったが、主なりに努力もするし他人を思いやる良い子だった。愛すべきアホの子だった。そんな主を彼は大切に世話した。
主との触れ合いによって、彼は使用人として成長していった。主も成長していった。そして、主が十五歳、彼が二十四歳の頃。主はとある組織に入る事となった。
それは退魔師組合。
名前通り妖魔を倒すことを目的に結成された組織だったが、いつしか魔を管理し、人外と共存する為の組織になった場所だ。魔との共存を目指す組合には、沢山の妖怪も働いている。また、組合本部では術師や戦士の育成にも力を入れており、教育施設も完備していた。
五男坊である主は、指揮者や経営者としての腕前ではなく、純粋な戦力としての力を期待されている。その為に入学することとなったのだ。
他にも、権威付けの為に名家出身の妖怪が入学することも多いので、そこでは使用人を連れてくる事が当たり前だった。当然、主は彼を選び、連れていく事を決めた。
「良いか公彦!ボクチンは組合最強の妖怪になるんだ!その時にはボクチンの一番の子分にしてあげるからな!」
「はい、楽しみにしております」
出立の用意をする彼の横で、自作の戦勝祈願の珍妙な舞をぐにゃぐにゃ踊る主。それを見て笑いながら、彼は頷いた。
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