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憧れと妬み
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「ボクチンと勝負だ!総司ぃぃ!」
「はーい、どーん」
「うわあああん!」
毎度毎度お馴染みの宗之助の泣き声。今日は崖登りの訓練だ。たかが崖登りと侮るなかれ、傾斜が五十度ある崖はほぼ垂直の断崖絶壁。しかも、所々空いている穴には巨大な猩々が住み、登山者を襲う。
今も何人かの生徒が崖から墜ち、下で待機している使用人達が持つマットの上に着陸している。マットがあるからと安心はできない、時おり使用人達がお茶目に休憩したりするから、気を抜くとそのまま地面に叩き付けられたりする。
「お帰りなさいませ宗之助様」
「ただいま、公彦!」
主をマットで受け止める公彦に元気一杯で返事を返した宗之助は、以前のように泣きわめきながら公彦に抱き付いたりせずに、崖を再び登り始める。その頭上では、総司が野次を飛ばしていたが、何だかんだ言って宗之助を待っていた。
宗之助が追い付いたら、再び登り始めた二人。相変わらず宗之助が絡んでいるが、スピードを限界以上に速める彼に総司が注意すると、意外と素直に従う。
公彦はマットを片手に、以前と比べて精神的に成長した主の姿を見上げながら、少しの寂しさを感じていた。
これが子離れかと、しみじみしていると横に圧迫感を感じた。振り向くと案の定、険しい顔をした吉正がいた。彼は崖の上を見上げて生徒を監督しながら、公彦を横目で見た。
ビクンと怯える公彦。幼い頃の条件反射とは、意識してもなかなか抜けないもので、吉正が自分を嫌っていなく、どちらかと言うと好意的であることを頭では理解してはいるが体はどうしても強張ってしまう。
咄嗟に周りに助けを求めるが、不運な事に仲間である使用人達は、新たな落下者を拾いに行って周りにいない。ウロウロと視線をさ迷わせる公彦の横では、相変わらず彼の栗鼠のような動作を見つめながらも、生徒達にドスの効いた激を飛ばす吉正。
見られているからには話し掛けないと失礼な気がするが、互いに仕事中だし吉正は生徒に声をかけているので(激しい怒声)、素晴らしく話しかけにくい。だが、相変わらず見つめて来るので、公彦は覚悟を決めて話しかけてみた。
「おはようございます川蝉様」
「ああ、おはようございます公彦さん」
周りに生徒や使用人達がいる時、吉正は敬語で公彦に応対する。他所行き用の笑顔を向けて会釈をされた公彦は、何故か顔が真っ赤になる自分に困惑した。確かに、成長した吉正は少年ぽさが抜け、鋭利な美貌に男らしさが付与された外見であるが、何故、自分は顔を赤らめると同時に胸が苦しいのだろうか?
恐怖か?怖すぎて体が異常反応を引き起こしているのか?
混乱しながら慌てて頭を下げて顔を隠す公彦。血の気のない吸血鬼の顔色は、人間には同じにしか見えず判断は困難である。だから、大丈夫だと自分に言い聞かせる公彦に、吉正が唐突に声をかけた。
「何故、桐生の末子殿は、最上橋に突っ掛かるんでしょうか?」
「?」
顎で指し示す吉正の視線の先には、総司に掴み掛かる宗之助がいた。ちなみに、桐生は宗之助の名字で、最上橋は総司の名字だ。
叩かれても泣かされても突っ掛かる様子に、吉正は首を捻る。何をされても、めげずに対抗する宗之助の姿は滑稽でもある。何故そのような事をするのか、吉正は分からない。
自分を嫌う奴に突っ掛かるなんて、損しかしない無意味な行為としか思えなかったからだ。教師的な観点から以前から疑問に思っており、宗之助の教育係兼使用人である公彦に聞いてみたのだ。
「ああ、そうですね」
それを聞いた公彦は苦笑する。
「宗之助様の行動は、総司様に憧れている故なのです」
「あれがですか?」
彼等の頭上では、とうとうブチキレた総司が宗之助の顔を掴み、顔を掴まれた宗之助が泣き喚いていた。
「ええ、一見するとそのように見えませんが、世の中にはそのような感情を素直に現せない者がいるのです。憧れる事を、負けてしまうと感じてしまう者が……」
「なんですかそれは……」
「憧れるという事は、相手が自分より優れているという事を認める事になります。男としての魅了や人間性、能力、その他もろもろが、自分より高くて優れた男なんて認めたくないんですよ。けど、それは裏を反せば実力を認めているということ。そんな凄い人が、羨ましくて憧れて仕方ないから、相手に構ってもらいたいんですよ。気にくわないけど、相手の一挙一動が気になる。そんな厄介な感情です」
「くだらないですね」
煙草をくわえた吉正は、気のない返事を返す。吉正のような人種からしてみたら、そのような考え自体が相容れない物で、酷く屈折した考えのように感じられた。実際問題、屈折した感情であり、そのような感情を向けられる当事者にとっては迷惑以外の何ものでもないので、公彦は何も言わない。
その後暫くの間、無言が広がる二人。静かな空間に、騒がしい宗之助達の怒鳴り声が遠くから響いてくる。
「大丈夫です。宗之助様は賢いお方ですから、相手に不快感を与えるような愚かな事は致しません」
「まあ、見ていたら分かりたすから、そこは心配していないですよ。しかし、まるで自分の事みたいに話すんですね」
なんとなく呟いた言葉。
その言葉に吉正の方を向いた公彦は、真っ直ぐに吉正の瞳を見て沈黙する。そして、困ったように微笑むと、小さく頷きながら吉正の瞳を見つめる。
「はい」
様々な感情を込めた、たった二文字の短い一言。その言葉を聞いて無言で固まる吉正。
吉正を見て申し訳なさそうな表情を浮かべる公彦は、彼に頭を下げると立ち去ってしまった。それから暫く吉正は無言で固まっていたが、煙草が短くなり火が彼の指を焦がした時「あちっ」と悲鳴をあげた。
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