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七海の合宿中に年を越え、1月となる。
いよいよ受験生は最後の追い込み時期だ。
学校内はどこかピリピリとした雰囲気になり、冬期講習を終えた後もひっきりなしに訪れる生徒や面接練習などで忙しない。
それでも変わらず七海にメッセージは送っていて、日毎に送り慣れてきている自分がいる。
こんな時期ではあるが、勉強のことは一切七海に送っていない。
それがいいのか悪いのか自信はないが、七海ならきっともう俺が言わずともちゃんとやっていると信じることにした。
だから俺はそれ以外をフォローしてあげればいいんだと、そういう気持ちになっていた。
「…しっ、失礼しました」
最後の生徒の面接練習を終えて、教室から出ていく姿を眉を顰めて見送る。
もう少し堂々とした態度で出て行け。
どいつもこいつも俺相手にやたらオドオドした態度で、そんな面接態度で本番を迎えさせるわけにはいかない。
眼鏡を押し上げながら明日もう一度面接練習をさせねばと、厳しく悪いところをチェックする。
一通り終えた所で、ぐったりと息を吐き出した。
さすがに連日朝から晩まで受験生のための進路指導で、年末年始も仕事に追われていたし少し疲れた。
神谷はこれに部活の顧問もこなしているのだから感心する。
まだ冬休み中で疲れたと音を上げるには早いが、とりあえず今日の業務を終えたことに一息つきながら携帯を取り出す。
今日の昼に七海へメッセージを送ったが、まだ返事は来ていない。
いつもだったらとっくに返ってきているはずだが、忙しいんだろうか。
疲れている事もあり、急激に落ち込むような気持ちになってしまう。
会えないとほんの少しのことで物凄く不安になる。
連絡を取ることは本当に、本当に大事なことだった。
この時期に七海と関わるのは無駄なことだと思っていたが、恋人であるならそうとは限らないのかもしれない。
俺はきっと、そこを間違えていた。
「失礼します」
不意にガラッと教室の扉が開く。
今日の面接練習はもう終わりのはずだ。
時間も遅いし、受験中で気が急いているのは分かるがさすがに明日にしてもらうかと息を吐き出す。
「おい。今日はもう終わりだ。面接なら明日に――」
顔を上げて、心臓が止まった。
大きなドラムバッグを肩に下げて、私服のまま七海がそこに立っていた。
なぜここにいる。
あまりに唐突すぎて夢なのではないかと放心してしまう。
言葉も忘れて見つめていると、七海が口を開いた。
「七海翔太ですっ。誕生日は7月3日のO型、好きな物は唐揚げで、好きな人はみーちゃん。好きな体位は立ちバックですっ。本日はよろしくお願いします」
ハキハキとした、快活な声が教室に響く。
それと同時に愛嬌のあるいっぱいの笑顔を向けられて、ぶわっと体温が上がる。
頭が真っ白で内容は全く入ってこなかったが、面接であればその話し方と笑顔は完璧すぎるほど完璧だ。
「…な、なんで」
声が震える。
七海は真っ直ぐに俺の元へと歩いてくると、優しげに目を細めた。
「合宿今日までだったんです。真っ直ぐここに来たんですけど、みーちゃん面接練習してるって聞いたんで」
「な、なぜ先に言わない。お前が来ると思えばちゃんとクッキーだって用意して…」
「ここのところみーちゃんがいっぱいメッセ俺に送ってくれて、ずっと驚かされっぱなしだったんですよ。だから俺もみーちゃんを驚かせたいなって」
そう言って七海は悪戯が成功した子供のような笑顔を俺に向ける。
あまりにも唐突すぎて頭が混乱してしまう。
これは本当に現実なんだろうか。
慌てて立ち上がると七海を見上げる。
自分より頭一つ分大きな身長。
食い入るようにその顔を見つめてしまう。
「…あ、え、えっと…ま、また少し背が伸びたか?か、風邪は引かなかったか?ここまで遠かっただろう」
「親戚のおばさんですか」
動揺した俺の言葉にクスリと七海が笑う。
その笑顔は紛れもなく俺の大好きな人の笑顔で、思わず魅入ってしまう。
さっきまであんなに受験シーズンのピリピリした教室だったはずが、七海が来ただけで場所が変わったみたいだ。
疲れも全て吹き飛んで、夢を見ているような気持ちで惚けてしまう。
七海も同じように俺の顔をじっと見つめていたが、そっと指先が俺の頬に伸びてくる。
それは一度俺の前で止まり、だがすぐに触れてきた。
熱い指先の感触を頬に感じて、なぜだか一気に胸が苦しくなった。
「みーちゃん、ただいま」
ニッコリと向けられた笑顔に、急激に実感がわいてくる。
――七海だ。
七海がいる。
帰ってきたんだ。
俺に会いに来てくれた。
「あ…え、えっと――」
吐き出した呼気がヒクリと震える。
言葉が詰まって、鼻の奥がツンとしてくる。
七海に話したいこと、謝りたいことがたくさんある。
自分の考えを押し付けすぎてしまったこと。
今までたくさん七海にメッセージを貰っていたのに、ちゃんと返事が出来ていなかったこと。
気遣いを取り違えてすれ違ってしまったこと。
他にも言いたいことはたくさんある。
だがそんな言葉は喉が支えたように出てこなかった。
ぐるぐると頭の中でいろんな考えを巡らせてから、ようやく俺は一つの言葉を絞り出した。
「…お、おかえり」
口に出したら堪らなく愛しい気持ちが込み上げてくる。
七海の笑顔につられるように、自然と表情を綻ばせていた。
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