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氏原side‥₂
焦る心ちゃんと固まる同僚らしき男の人をよそに
ルナは続ける。
そう、あの頃と何も変わらない丁寧な口調
誰にでも向ける優しい瞳で。
「いきなり声をかけてごめんね。
また会えるなんて思っていなくて、つい。」
「…あはっ、久しぶりだねぇ!!元気にしてたぁ?」
あ、しまった。
”サチ”が出る。
僕であって僕でない、サチという役柄が。
「うん、お陰様で。
今はこういう会社で働いているんだ。」
スっと差し出された名刺。
真新しいケースに入っているというのに
妙に慣れた手つき。
あぁ、嫌でも思い出す。
でも、そこに書いてある名前は
ルナでは無くて、本当の名前。
僕はろくに名前も見ないまま、ぱっと顔を上げて
にっこり笑った。
ルナにとってはいつもの笑顔。
隣に立っている心ちゃんは、多分知らない笑顔。
「そうなんだね〜っ。スーツって事は仕事中でしょ?
だめだよぉ、昔の友達にちょっかいかけてたらっ!」
差し出された名刺を受け取ることなく、
ルナの手をそっと押し返した。
ルナは一瞬驚いた顔をするけど
特に何も言うことなく名刺をケースに戻した。
友達なんて一度も言ったことなかったもんね。
お互いに体を求め合うだけの、形だけの恋人だったんだから。
どちらもあの関係に未練があるわけではない。
ただ、あのルナが夜の世界から抜け出してしっかりと昼の職を持っている事に安心した。
そこでようやく心ちゃんの存在に気付いたようで
「サチ…隣の女性は?どういうご関係なの?」
「え〜?秘密ぅー!!」
僕は人差し指を唇に当て、わざとらしく言ってやった。
だってこいつ、こんな誠実そうな立ち振舞しといてかなりの節操無しだったもん。
付き合ってないと分かればすぐにでも迫りそう。
親友を、康明の生徒を守らなければと
必死になって出た言葉だった。
心ちゃんがもう少しポーカーフェイス決めれる子なら彼女だって言えたけど
必ず否定してあわあわするんだろうって目に見えてたから嘘をつくのは控えた。
ルナは何も言わず静かに笑ったかと思うと、
下にだらんと垂らしていた僕の左腕に触れた。
「ちょ、何……っ」
「いや、なんでもない。
…別にサチの大事な人を取って食ったりしないから
安心して。」
「……え?」
僕の知っている彼なら、可愛い子と仲が良いんだね、羨ましいなって、わざと心ちゃんに聞こえるように言ってきたりするのに…。
「………………おい、行くぞ。」
そこで後ろで僕らのやり取りを見ていた男の人が
一声かける。
するとルナは、店でも、ホテルでも見せたことの無かった少し照れたような笑顔を向けてその男の人に振り返った。
「そうですね、すみませんでした。つい、長話をしてしまって…。行きましょうか、竹内さん。」
あれ、ルナ…もしかして―――…?
ルナは先を歩く竹内さんと呼ばれた男の人を追いかけようとして一瞬足を止める。
タタタッと再び僕に向かって走り寄って来て
心ちゃんや男の人に聞こえないよう、そっと耳打ちした
「最近切ってないようで安心したよ。素敵な人達に
囲まれているんだね、サチ。」
さっき腕を触ったのは、包帯の凹凸がないかを確認するためだったんだろうか。
そんなお人好しなところも、昔から変わってない。
変わったとすれば、あの柔らかい笑顔。
遠くなっていく後ろ姿を見つめながら
お互い、ちゃんと前に進めているんだと
少し温かい気持ちになった。
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