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冥界の呪い③
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ずっと背中が凍えるほど寒くて、身体中が痛かった。嫌な夢をずっと見続け、何百回も死を繰り返し、頭が狂いそうな程孤独でいた気がする。
闇の端に光が見えて、黒から灰色、白っぽくなってから熱を帯びた赤い光に代わる。
閉ざされた視界と、曖昧な感覚が少しずつ少しづつ戻ってくる。
視界の端から明るくなり、少しづつ体が温まって気持ちが和らぐのを感じていた。
「...」
ゆっくりと目を開けると生暖かい水に浸かっていた。眩しい光で目がよく開けられなくて、ここがどこだか検討もつかなかった。
「俺は...」
「目が覚めましたね、カノル。」
聞き覚えのない声に驚いてそちらを見ると、背中から透き通り輝く羽根の生えた大きな美人がこちらを見ていた。
「えと...」
「私は生命の森の妖精を束ねているものです。」
ぼやけていた筈の頭はすぐにスッキリと晴れ渡り、言わずと彼女が誰なのか直感的にわかった。これが噂に聞く妖精の女王だ。生命の森と呼ばれる聖域にいるとされているが、俺も噂だけで姿を見るのは初めてだった。
見回せば周りは木々に囲まれ、自分が浸かっていた水は巨大な木の根のあいだに出来た泉のような場所だった。
「妖精の女王様がなんで...てか、ここどこ?」
キョロキョロしていたら女王は真剣な顔をして俺の目をしっかりと見つめた。
「冥界の呪いにかかった貴方を死の王が連れてきました。」
ふっと記憶を引き寄せる、そうかあの地下で俺はやらかしたのか。
なんというか背筋が痒くなる思いだ。とっても面倒な事をドストミウル達にさせてしまったのかもしれない。後で謝らなくちゃな。
「気分はどうですか?」
「ああ、お陰さまで良いみたい。その、ありがとうございます、えと…」
何て言えばいいのか分からなくて戸惑っていると、女王は少しこちらに近づいてしっかりと俺の目を見つめた。
「カノル・ファロンス、貴方に聞きたい事があります。」
女王様はさらに顔をぐっと近づけ真剣な顔でこちらを見つめた。
「え、はい?」
「貴方の事は全て知っています。幼い頃からの苦労も悲運にのまれた勇姿も...」
カノルはそう言われ女王の目を真剣に見つめ返す。
「貴方が望むなら人間の世界に戻してあげる事が出来ます。我々の力で心的外傷を癒し、人間の王に取り次ぎ栄誉ある部隊に戻らせてあげられるでしょう。もちろん、家族とも暮らせます。どうですか?」
カノルは女王から視線をそらせた。
女王は全てを知っている。
それはなんとなくわかった。
「...悪いけど、そういうのはいいや。助けてもらったのは本当感謝するけど、今の生活が気に入ってるんだ。」
「どうしてですか?貴方はまだ若くこれから何だってやり直すことが出来ます、残された家族も心配ではありませんか。死者達の元にいる事は環境的にも良くありません。」
女王は真剣な顔をしてカノルに訴えかけた。
「分かってる、アンタ程の人なら上手く俺を人間の世界に戻せるし不自由なく暮らせるように取り次いでくれるんだろうね。でも、そういう事じゃないんだ、その、なんつーか...」
恐らく女王の言っているのは最高の好条件で、戻るべきという理由も真っ当すぎるほどの正論だ。
それは他の人からみたらどうみても俺の通ってきた道は不幸で、間違っていて、歪んでいるかもしれない。仲間に裏切られて、敵に助けられて、そのまま仲間になった。目も失ったし、精神はボロボロになったし、指もあげちゃった。一人で置いてきぼりになったし、出来ないことも増えた。
でも、それだけじゃないんだ。
俺はそんな最上級の餌をチラつかされても見る事すらしない程心が座っていた。
「俺はもうアイツと離れるのが嫌なんだ。」
カノルは欠けた指のあった場所に触れていた。
女王はゆっくり頷くと身を引いた。
「そうですか...。いいえ、よいのです。私の方こそ困らせてしまいましたね。正直な所、貴方がいてくれた方が死の王が落ち着き扱いやすく、助かる部分もあるのです。貴方の心が望む道を進むのが一番良いことですから。」
女王は少し残念そうな顔をしてから、眉を寄せて笑った。
「いい提案をしてくれたのに、断った俺は無礼なんだろうね。あと、一つだけお願いがあるんだけど...さっきの俺を人の世界に戻せるって話、ドストミウルには絶対にしないでもらえるかな?」
「いいでしょう。貴方の事を聞いた時、はじめはドストミウルに騙されているか、操られて無理矢理傍についているのかと思っていましたがそうではないのですね。貴方は...本当に彼を愛しているのですね。」
女王は森にさしこむ朝日のようにやらわかく微笑んでいた。
「愛してるって...うん、まあ、馬鹿みたいだけど、しょうがないよね。」
カノルは照れ臭そうに笑った。
「えっと...この治療のお代は?現金、なわけないと思うけど...」
「今回は突然の事でしたし、貴方を助けることを最優先としましたが、無報酬と言うのも不公平というものです。死の王に一つ求めたい条件がありますが彼が首を縦に降るかは分かりません。」
「そういう事なら任せてよ!」
カノルはとても楽しい事でも始めるかのようににやりと笑った。
ドストミウル達は巨大な木の根からなる細かい網目状の天然牢獄の中にいた。特別な力を持つ木は彼らの魔力を封じていた為、いくら能力の高い彼等でさえ安易に抜け出す事はできなかった。
「申し訳ありません、主様。我の不徳の致すところであります。」
狭い牢獄の中、腕と足を組み落ち着き構える主に対し罪悪感を感じていたゲイルはずっと俯いたままでいた。
「何度も謝る必要は無いし、お前だけのせいでも無い、気に止めるな。私はカノルさえ無事に戻ればいいのだ。」
「痛み入ります。」
ゲイルは深々と頭を垂れた。
「はっは〜ん、ざまあねぇな王サマ!」
聞き覚えのある声に3人は牢獄の正面を見た。
「カノル!」
「よくぞ無事であったな。」
「カノル...」
ゲイルは晴れたような顔でその名を呼び、ヂャパスは安心したように頷いた。
ドストミウルは目を細めて声の主をじっと見つめていた。
カノルは牢獄の外でしっかりと立ちこちらに軽く手を振ると、いつものように調子の良い様子で笑っていた。
「心配かけてごめんな、あと助けてくれてありがとう。」
カノルが照れくさそうに笑うと、ドストミウルも表情を緩めた。
「君の元気な姿が見られて良かった。本当に...」
そうやって見つめ合う2人の視線を妖精の女王は遮った。
「死の王、今回の貴方の望みは叶えました。対価を払うまで貴方を帰すわけには行きません。」
ドストミウルは女王を睨みつけた。
「確かにそうだな。私とて筋を通さねば従う者たちに示しがつかぬ。」
「私は、今回の代償としてアンデッド族から妖精族への無期限の不可侵条約を結ぶ事を提案致します。不要な接触、領域の侵害、そして傷害等の妖精族への害のある行為全てを行わない事を約束してください。」
女王は通った声で言い放った。
「無期限でだと?魔王が支配する現在、弱い立場である貴様らが大きく出るではないか...この檻から出ればすぐにでも用済みの貴様らの数を半数にでも減らすことも出来るというのに。」
ドストミウルは酷く暗い憎しみを目に浮かべながら女王を睨んだ。
「あのなあドストミウル、偉そうな事言ってるどアンタに拒否権ないからな。俺早く帰りたいし条約結んでくれる?」
「なっ...」
いつもの茶化すような口調で間に入ってきたカノルの言葉にドストミウルは口が開くほど驚いていた。
我々の仲間であるはずのカノルが、相手に優位な条件を飲めと押してくるのだ。まさかよからぬ事を吹き込まれた、もしくは洗脳された...。そんな事が頭を過ぎったが先程からの態度におかしな精神干渉されている様子はない。
「あったりめーだろ、命の恩人の頼みを聞かないアホがどこにいんだよ!言っとくけど、てめぇが条件飲まないなら俺帰らないから。ほら早く、ああ、妖精さん達に優位なおまけ付きくらいな条件にしてくれてもいいよ!」
「カノル分かっているのか、種族の王同士の掟をこんなふざけたやり方で制定させようとしているのだぞ!?」
ヂャパスは焦ったようにカノルに呼びかけた。
ドストミウルは困ったようにカノルを見上げた。
彼はどうやら本気らしい。
「...カノル、君は...」
「...おっせえな、返事ぃ!」
カノルはヂャパスの忠告を耳に入れてなお変わらずにドストミウルをじっと見つめ続けていた。
「わ、わかった。全面的に条件を飲む。君を...失う訳にはいかない。」
ドストミウルは表情を曇らせながらも深く頷いた。
それをみたカノルは満足そうに声を出して笑った。
「ほらね、大丈夫だったでしょ女王サマ?」
「感謝します、カノル。」
女王はカノル向かって軽く頷くと、ドストミウルの前に立ちその顔を覗き込んだ。
「本当に...変わりましたね死の王。」
ドストミウルはしばらく女王を睨んでいたが、片手で顔を覆い大きくため息をついて目をそらせた。
「本当にその通りだ。我ながら戸惑いを覚えるほどだ。」
女王は参ったとでも言いそうなドストミウルの表情をみて、暖かく微笑んでいた。
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