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自覚のない天才!
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カウントの画面が表示されて、無音のアニメが始まる。
「『僕は……家に帰りたい!』」
一声目で、和田さんの目つきが変わった。
本放送のときは、子どもらしさ全開で駄々をこねるように言われていたセリフが、全く違う色を帯びる。
郷愁と、悲しみ。今にも泣き出しそうなかすかに詰まり気味の声で、語尾が震える。声域が違うとか、そんなことは問題じゃない。ただそこには、少年の気持ちだけが音に乗っていた。
「『あなたの家は、ここだと言っているでしょう』」
気の毒に、2年先輩の女性声優の芝居がひどく棒読みに聞こえる。
「『違う! 僕の家は、あの山にある……ばあちゃんと住んでたあの家だけだ』」
少し頑固な少年の性格、郷里の美しい山と祖母を大切に思う、彼の意外なほどの繊細さが、短いセリフの中で鮮やかに感じられた。
ガチャ。
静まりかえった部屋に、やけに大きくドアの開く音が響く。
「ごめんね。邪魔した?」
「ああ、開場さん。いいとこに来たね」
「本当?」
ベテランの開場マネージャーは、和田さんの隣に座った。
「再生して聴いてみようか」
「はい」
返事をした未来は、袖で目元を拭っている。
(あの短いシーンで泣くか? 普通……)
プレイバックの最中、腕組みした開場さんの目つきが一瞬鋭くなった。
「ふーん……」
「まだいたんだねぇ。こういう、時野くんみたいな子」
「うちの事務所も、まだ見る目があったってことかねぇ」
爺さん2人が何やら嬉しそうに話しているのを見て、先輩たちはざわついている。
「和田さんが笑ってるって、前代未聞なんだけど」
「そんな上手かったか?」
「時野って、誰? んな新人いたっけ……」
俺も未来も初参加だから知らなかったけど、和田さんは基本的に褒めることはないし、勉強会で笑顔を見せることはほぼゼロらしい。実際、その後演じた人たちは俺と同じくボロカス言われて終了。ありがたく殴られる、サンドバッグみたいな勉強会なんだ。
帰り道、アパートの近くにある広い公園は枯れた木の間を冷たい風が吹き抜けてたけど、俺は嬉しくて夕陽のあったかさだけを感じていた。
「褒められてたな」
「そう?」
「やっぱ、お前すげーわ」
「そんなことないよ」
「養成所の先生たちも言ってただろ。『時野は芝居を分かってる』って」
「言われてたね。よく分かんないけど」
「才能あるんだから、頑張れよ」
「才能なんてないよ。すごいのは、蓮の方」
「なんで?」
「いっぱい声の仕事してるし。かっこいいし。自慢の恋人だよ」
1日一緒に過ごせて機嫌が良いらしい未来は、俺の腕に抱きついてくる。ただ、俺はひとつのことが気になった。
(こいつ、自分が才能ないとか思ってんの?)
意味が分からない。
「なぁ、お前は才能あるんだって。何回も言ってるだろ」
「うーん……」
「ちゃんと事務所通えよ。マネージャーにサンプル出して、勉強会も行ってさ」
真面目にやれば、きっと──
「めんどくさい」
「は?」
「それに、僕がそんなふうに忙しくし始めたら、余計蓮との生活がすれ違っちゃうよ」
(いやいやいや……)
え、何? 俺が忙しいから、家で待ってたってこと?
待て待て。俺の目的は、こいつを売ることだったはず。そのために過去に戻って……
(てか……やっぱ俺のせいってことになるのか)
未来が、声優として花開かないのは。
前回は、一緒にいるのが楽しくて。ずっと2人で過ごしてたら、事務所をクビになった。
今回は、一緒になかなかいられなくて。でも俺が一生懸命仕事をしてれば未来にとっても良い刺激になるんじゃないか、なんて考えてた。
けど、違ったんだ。
未来はずっと、俺を待って。
俺なんかより、断然評価されるべき才能があるのに、こんなとこでくすぶってる。
(未来のためには、俺がそばにいない方が良いのか……?)
「なぁ……じゃあ、俺がいなかったら、お前は本気出すわけ?」
「……どういう意味」
「俺と付き合ってなかったら、真面目に事務所行くのかってこと」
「……」
未来は、少し黙った後で口を開いた。
「なんでそんなこと言うの」
震える声にギクリとして振り返ると、未来の目には涙が浮かんでいる。
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