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ベッドで本を読んでいた千明は、微かに聞こえた物音に顔を上げた。足を暖めていた毛布を端にやり、ベッドから出る。
窓からベランダを見るが風が木を揺らすだけで他に何もなく、カーテンを閉めた。
明日は朝からカフェのバイトだというのに、今夜はなぜか半年前の傷が痛んで眠れない。
ベッドに戻り、また中国語の本を開いた。
「ウォペイニー」
小さく言う。私はあなたのそばにいるという意味だ。千明は本を閉じ、寝転ぶ。
ジンが逃してくれたおかげで日本に帰ることができた。
住み込みで働ける環境に身を置き、平日は工場勤務、土日はカフェでアルバイトをしている。
あの日、ジンを殺そうとしなくても、きっと彼なら助けてくれただろう。最後のか弱い微笑みを思い返しては、千明は胸が締め付けられる気持ちだった。
最初から信じていればよかった。ジンは、生きているだろうか。拘束した暗殺者が逃げたとなると、きっと……。
「いらっしゃいませ」
レジ担当の女が愛想よく接客する横で、千明は無言でコーヒーを作り続ける。
「アイスコーヒーでお待ちのお客様。お待たせいたしました」
カウンターにそれを置き、次のオーダーに手をつけようとした瞬間、カウンター前に立つ人物を二度見した。
白のシャツに黒のスキニーパンツ。地味な格好で目立たないはずなのに、千明には輝いて見えた。
「シェイシェイ」
男はわざとらしく日本語発音でそう言った後、コーヒーが乗ったトレイを持って席へと向かった。
「ジン……!」
カウンターを飛び出そうとするが、休憩から戻ってきた社員に呼び止められ、渋々定位置に戻る。
次に店内を見渡した時、ジンは姿を消していた。
その夜、微かな音で目が覚めた。
千明は確信を持って飛び起き、窓を開ける。
ベランダにはジンが立っていた。俺が怖がりだったら叫んでたぞ、と千明は苦笑する。
「どうして気づいたの?」
「音で」
「千明くんはやっぱり耳がいいね」
ジンはスニーカーを脱いで部屋へ入る。後ろ手に窓を閉め、鍵をかけた。
「日本中を探し回ったよ」
やはり、ジンの周りの空気は特別重く暗いように思える。しかし、そこに手を突っ込んで彼を抱きしめたくなってしまうのは、自分が彼に惹かれているからだろうと、千明はぼんやり考えた。
「なんで日本に?」
「実はね」
言葉を止めるジン。久しぶりに見る彼は、相変わらず恐ろしいほどに整った顔立ちをしている。瞳はよくよく見ると黒色のカラーコンタクトをしているようで、より感情を読み取ることが難しい。
「クビになって国を追い出されたんだ。もう二度と戻れない。ひとつの条件を除いて」
「……なるほど」
千明はそれを察し、ため息をついてベッドに腰掛けた。
ジンはいつの間にかカーテン留めを手にしていた。それをローテーブルに置き、部屋の間取りを熟知していると言わんばかりに自然な動作でお茶を入れにいく。
「千明くんと組織を始末したら戻れるんだ。僕はそんなことしたくないけど、僕がしなくたって他の人間がやるだろうね」
千明はすでに組織との関係を絶っている。本部にも一度も戻らず、住んでいるところも遠く離れていた。
それでも命を狙われるのは、一度でもジンたちの雇い主を怒らせてしまった罰なのだろう。
「実は1ヶ月前から近くにいたんだよ」
お茶をふたつ持って戻ってくる。湯気の向こうにある顔は優しく微笑んでいた。
「なんで殺さなかったの」
差し出されたマグカップを受け取る。ゆっくりと口をつけ、一口飲んだ。苦味を感じ、マグカップをローテーブルに置くより先に眠気が襲った。
「そばにいたいから」
空間が静寂に包まれる。千明は薄れゆく意識を少し残したまま、ベッドに倒れ込む。マグカップに口をつけ覗き込んだジンと目が合う。
この人には勝てないな。千明は残りの力を振り絞り、口角を上げた。
大阪府T市のT山で火災が発生し、性別不明の遺体が発見されました。近くに落ちていた荷物から、市内に住む堀千明さんの遺体だと見られますが、身元の特定を進め———。
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