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「本当は、強い日差しは苦手なんだ」
三日月はおっとりとそうつぶやいた。
「でも、おなかの子供のためには、たくさん日に当たっておいたほうがいいような気がするし」
「でも、腹の中に日の光は入んねえだろ?」
暁丸は不思議そうに首をひねった。
「うん、まあ、それはそうなんだけど、でも、なんとなくそんな気がするんだよ」
「ふーん。まあ、具合悪くなったりとかしねえんなら、三日月の好きにすりゃいいと思うけど」
「ありがとう。私だって雪の人形じゃないんだから、これくらいは大丈夫だよ」
三日月はその緋色の瞳を細めながら暁丸に軽くうなずきかけた。
「竜の卵が孵る時にゃあ、日の光は必要ねえけどなあ。少なくとも、俺は必要なかったぞ」
暁丸は真顔で言った。
「まあ、気分の問題だよ、こういうものは」
三日月は少しおかしそうに笑った。
「でも、おまえ、強い日の光が苦手なんだろ? だったら、腹のガキも強い日の光が苦手だったりするんじゃねえの?」
暁丸はわずかに不安げに言いながら小首をかしげた。
「でも、君は別に、強い日の光が苦手でもなんでもないんだろう?」
「ああ、そりゃ、俺はそんなもん別に苦手でもなんでもねえよ」
「だったら、子供も大丈夫なんじゃないかと思うよ」
「ふーん、そんなもんか?」
「うん、なんとなくそう思うよ」
「ふーん」
暁丸は神妙な顔でコクコクとうなずいた。
「日の光のほかに、なんか欲しいもんとか必要なもんとかあるか? あるんなら俺が、すぐとってきてやるぞ!」
暁丸は身を乗り出しながら熱心にそう言った。
「ありがとう。今のところは、特にないかな。――卵が孵って、子供が産まれてきたら、いろいろと必要なものも増えてくるだろうと思うけど」
「そっか! じゃあ、その時いっぱいとってきてやる!」
「ありがとう、暁丸」
三日月はゆったりと微笑んだ。
「でも、今のところは大丈夫かな」
「そっか? ほんとか? ちゃんとたっぷり食ってるか?」
「ああ、ちゃんとたっぷり食べているよ。君だっていつも、私が食べているところを見ているじゃないか」
「そうだけど、もっと食わせたくなるんだよ」
暁丸はそう言いながら口をとがらせた。
「あまり食べ過ぎたり太りすぎたりするのも、おなかの子供にはよくないそうだよ?」
「え? そうなのか?」
「と、村の産婆さんと薬師さんが言っていた」
「でも、それって人間の話だろ?」
「うん、まあ、それはそうなんだけどね」
「おまえがそうかどうかはわかんねーじゃん」
「まあそうだけど、でも、あまり食べ過ぎるというのも消化に悪いよ。まあ、そりゃ、私は蛇だから、食いだめは得意だけど、それでもやっぱりね」
「ふーん、そんなもんか?」
「そんなもんなんじゃないかなあ」
「ふーん、そんなもんか」
三日月と暁丸は、いたって真面目な顔で見つめあいながら、コクコクとうなずきかわした。
「まあ、この子のおかげでいろいろなことがわかってくるから、次の子を宿した時は、それを参考にすることもできるしね」
三日月はそう言いながら、最近ではすっかりくせになってしまった動作、すなわち、己の腹を己の手で、優しく撫でさする動作を見せた。
「卵、一個だけか?」
暁丸は、わずかに息を飲むようにしながらそう問いかけた。
「ああ、たぶん、一個だけだね」
三日月は静かにうなずいた。
「そっか! よかった!」
暁丸は、ホッとしたように息をついた。
「竜の血は、大食いの血だからな。少なくとも、俺らみたいな竜はそうだぞ。だから、おまえがあんまりたくさん俺の子を孕んじまったら、おまえ、腹のガキどもに食い殺されちまうかもしんねえからな」
「大丈夫だよ暁丸。おなかの卵はたぶん一個だけだし、それに、君は毎日私に自分の血を飲ませてくれているじゃないか」
「もっと飲んでいいのに、おまえ、いつもちょっとだけしか飲まねえんだもんなー」
「君の気持ちはありがたいが、しかし、竜の血は確かにとても精がつくけど、私の身体にはその――ちょっと、強すぎるところもあるんだよ」
「あ――あんまりたくさん飲みすぎると、逆にしんどくなるのか?」
「そうだね、うん、君の血は、私を酔わせるからね」
「俺、『酔う』っていうのがどんなのかよくわかんねえんだけど」
「あ、そうか。それじゃ、えーっと、なんというか、熱が出てクラクラするような――」
「熱も出たことねえぞ。その気になりゃ火とか噴けるけど、それは違うんだろ?」
「ああ、うん、それは少し違うねえ」
「じゃ、俺、よくわかんねえなー」
「うーん、そうか、それじゃあわからなくても仕方がないよねえ」
「……おまえ、俺の血飲むの、つらいか?」
「つらくなんかないよ」
三日月は、その白く細い腕を伸ばし、不安げにその金の瞳を揺らす暁丸の頭をクシャリと撫でた。
「あまりたくさんだと酔ってしまうというだけで、君の血はいつだって、私にこの上ない力を与えてくれているよ、暁丸」
「そっか。それならいいけど」
「逆に、君は毎日毎日私に血をくれて、体がつらくなったりしないのかい?」
「ぜーんぜん! あんなんでつらくなんかなるもんか。だって、俺は竜なんだぜ!」
「そうか。なるほど、確かにそうだ」
三日月は安心したようににっこりと笑い、同じく安心したように、それと同時にひどく不敵に笑みを浮かべている暁丸の頭を再び撫でた。
「なあ」
「ん?」
「卵が産まれたら、っつーか、俺らのガキが卵から孵ったら、おまえ、俺らのガキにもこんなふうに、頭撫でてやったりするのか?」
「ああ、たくさん撫でてあげようと思っているよ。卵が産まれたらすぐに、たくさんたくさん、撫でてあげたいと思っているよ、私は」
「……なあ」
「なんだい?」
「俺も、撫でていいか?」
「もちろんだよ暁丸。子供もきっと、とても喜ぶよ」
「……へへっ」
暁丸は、どこか照れたような笑い声を漏らした。
「なあ、三日月」
「なんだい、暁丸」
「俺も、おまえの頭撫でたい」
「ありがとう。それじゃあ、撫でてもらおうかな」
三日月はうれしそうに満面の笑みを浮かべながら、仮初めに人の姿を取っている時には、自分よりも背の低い、幼い少年の姿をしている暁丸のために、その純白の立ち姿をクネリと曲げ、暁丸のほうへとその身をかがめた。
「……これ、気持ちいい」
暁丸は楽しげに笑いながら、三日月の白く長い、まっすぐな髪を幾度も幾度もその指で梳いた。
「そうかい。私もね、とても気持ちがいいよ、暁丸」
三日月は幸せそうにその緋色の瞳を細めながらそうこたえた。
「こいつも、気持ちいいかな?」
暁丸は、幾分不安げに三日月にそう問いかけながら、三日月の膨らみつつある腹にそっと手を当てた。
「ああ、この子も私も、もちろんとても気持ちがいいよ」
三日月は、安心させるように三日月丸にゆっくり大きくうなずきかけた。
「……そっか」
暁丸は、どこかやわらかな笑みを唇に浮かべながら、恐る恐ると言っていいほどの、ひどく優しい手つきで、三日月の腹を三日月が人間の姿の時にいつも着ている純白の打掛の上から、幾度も幾度も、愛しげに撫でさすった。
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