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そんなある日のことだ。
突然、舞台稽古の最中に、ふっと視界が暗くなった。
あ、停電か?と思った瞬間、平衡感覚を失ってよろけた。
だれかが咄嗟に支えてくれたようだった。
けれど、地面に吸い込まれそうな激しい重力を感じてそのまま起き上がる事ができなかった。
・・・・気を失っていたらしい。
気がつくと白い部屋の中にいた。病院のようだった。
藤川の顔が見えた。俺の目を覗き込んで目を大きく見開いている。
「丈さん。気がついた。」
藤川がナースコールを押したらしい。ほどなく看護師と医師が前後して部屋に入って来た。
うむを言わせず一泊を申し渡されて、ミズキたち女性陣が着替えを持ってきてくれた。
みんなその時は、ただの過労くらいにしか思ってなかった。
翌日、ようやく半身を起こせるようになると、車いすに載せられて各種検査室を往復した。
藤川は付き添うといったが稽古をしろ、と言って帰らせた。
あいつはすぐに自分の事をお留守にする悪いクセがある。
検査のあと、病室に戻され、うとうとしたところをまた起こされて説明室に連れて行かれた。
医師はあまり表情のない顔で、カルテを見ながら尋ねて来た。
「佐伯さん、ご家族は。」
「今は一人です。」
「ご実家には」
えらく踏み込んだことを聞くものだな、と思いながら
「ええ、まあ。」と答えると、「いらっしゃるんですね。」と念を押して来た。
「なんですか。病気の説明なら自分で聞きます。」
すると医師はなんだかよくわからない画像を前にして、早口でひとしきりしゃべったあと、
こういった。
「一刻も早く、治療を始めて下さい。身体的にも金銭的にも、 お一人では難しいと思います。
ご家族と連絡をとられて、今後の方針を話し合われてください。」
「どういうことですか。」
「あなたが思っていらっしゃるより、病状が重いということです。」
病状って。たった一回倒れただけだぞ。
「放っておいたら、どうなりますか。」試しに聞いてみた。
「放置・・治療を受けずにということですか。」
医師の眉間に深いシワが刻まれた。ものわかりの悪い患者に苛ついているのがわかる。
だが、こっちだってそんな簡単に、はいそうですかと家になんか帰れない。
「まだお若い、ということが、マイナス要因になることがあります。
病気の進行はかなり早いでしょう。」
「・・・・。」
「今はほとんど無症状ですが、来年の桜は微妙ですかね。」
最後の微妙、というところで、医師の頬がぎゅっと歪むのを見た。
傍らの看護師にさっと視線を走らせると、一瞬、気の毒そうな表情のあと、すっと視線を外された。
「さくら・・・来年の?」
なにか、考えなくてはならないことが次つぎ浮かぶのだが、
どれひとつまともに捕らえることができない。
目をうつろに彷徨わせるだけで、なにも返せない俺に、医師はひとつため息をついて言った。
「わたしも脅かすようなことは言いたくなかったのですがね。・・・
とにかく、今日は一度帰宅されて、ご家族ともよく話し合われてください。
体調の変化があればすぐ来院を。」
そして看護師に俺の病気について書かれているリーフレットをそろえるように指示し、
「よくわかるように、丁寧にご説明して。」と言うと、足早に退室していった。
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