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月の舞姫・6
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目を覚ましたのは、昼近くになってからだった。
慌てて飛び起きたけど、下半身が重くて……特に一箇所がじんじんと鈍く痺れてて、もっかい寝台の上に倒れ込む。
いつの間にか耳飾りも首飾りも、手足の鈴もなくなってて、代わりに白い薄布の服を着せられてた。
広い寝台の上にも、広くて豪華な部屋の中にも、王様の姿はない。
けど、オレの体の奥深くには、まだ王様の気配が残ってて、震えた。
王様――。
『これでお前はオレのものだ』
昨夜聞いた、深みのある声を思い出す。
オレ、これからどうなるんだろう? 寝台の上に丸まりながら、背筋がびりびり震えるのを感じる。そわそわしてドキドキして、胸が詰まる。
幸せなのか不安なのか、自分でもよく分かんない。初めて人前で踊ったせいなのか、それともその後の儀式のせいなのか……どっちのせいなのかも分かんない。
ただ、夢じゃないことだけは確かだった。
そのままぐずぐず寝転がってると、しばらくして侍女が部屋に入って来た。
「おめでとうございます」
何がおめでとうか分かんなくて、首をかしげながら起き上がる。
やっぱりきちんと座るのは無理そうで、ひくっと肩が跳ねた。
「お湯の用意ができていますよ。湯殿に参りましょう」
やんわりと促されたけど、座るのもムリなら、立ち上がるのもムリそうだ。今すぐにはとても歩けそうになくて、「すみません」って正直に謝った。
オレが王様から儀式を受けたこと、知ってるのかな?
「あらあら、陛下もお若いこと」
侍女はくすくす笑って、「ではお待ち下さいね」って一礼して、出て行った。
やがてすぐに、今度は王様が入って来た。
太陽の下で見る王様は、やっぱり美しくて精悍で完璧だった。
「起きたのか」
声を掛けられた瞬間、飛び上がるくらいドキッとした。
心臓が止まりそう。恥ずかしくて、王様を見ていられなくて、両手でバッと顔を覆う。今、自分が真っ赤になってるって、鏡を見なくてもよく分かった。
「何を照れている」
王様が笑って、オレにたくましい腕を伸ばした。軽々と抱き上げられ、その肩に縋ると、耳元で意地悪く囁かれる。
「昨夜は、よかった」
「やっ……」
イヤもダメも禁止。命令を思い出して口ごもり、王様の広い肩に額をぐいっと押し付ける。
そんなオレを運びながら、王様は楽しそうに笑ってた。
「悪いな、今は仕事中だ」
オレを湯殿まで届けてくれた後、王様はそう言って戻って行った。
去り際に軽く唇を奪われて、カーッと顔が赤くなる。
仕事を中断してまで、オレを運びに来てくれたんだ。そう思うと嬉しかったけど、同時に申し訳なくて、恥ずかしくもあった。
薄布を脱いでお湯に入ると、体のあちこちに赤い痕が付いてると気付いた。王様が付けた唇の痕だ。手首や太ももには指の跡もついてて、その生々しさにいたたまれない。
お湯は、昨日とは違って少しぬるめで、気を遣ってくれたのかな、と思う。
まだお尻はじんじんしてたけど、お湯の中だと少しマシだ。そろそろと足を伸ばし、湯船の壁にもたれて目を閉じた。
でも、こうしてぬくもりの中に身を委ねてると、王様を思い出してしまう。
大きくたくましい肌のぬくもり。すべらかで厚い胸、たくましい腕、広い背中、短い黒髪、黒い瞳、甘い舌――そして、体の奥深くに打ち込まれた、儀式の楔。
パシャン。
お湯の中で身じろぎをする。
ガリガリの体を自分で抱き締め、ため息をつく。自分が何か、別のものに変わったような気がして、仕方なかった。
儀式をしたからって、外見が変わる訳じゃない。オレは相変わらず貧相でみすぼらしくてみにくいままだし、内面だってきっと変わってない。性格も。でも逆に、何もかも変わってしまった気もする。
後悔してる訳じゃないけど……これからどうなるのか分かんないし、不安で戸惑う。
――怖い。
「そろそろお体を洗いましょうね」
侍女にやんわりと促され、「はい」とうなずく。
素直に湯を出ると、昨日とは違って優しく体を洗われた。昨日ピカピカに磨いたせいで、きっとそんなに汚れてないんだろう。
つまり昨日は、とんでもなく汚れてたってことで、恥ずかしくてたまらない。だって自分でも、垢を落とした後の肌の色にはビックリした。
ガリガリで貧相でみにくくて、そのうえ垢まみれだなんて。本当に最悪だ。
「あのっ」
オレはいたたまれなくなって、侍女たちに頭を下げた。
「昨日はオレ、すごく汚れてて。迷惑かけてごめんなさい」
「あら、いいえ」
「迷惑じゃないですよ」
「これが仕事ですからね」
侍女たちは口々に言って、優しく笑った。みんないい人だ。
「久々の仕事らしい仕事でしたからねぇ」
「どなたかのお世話ができるのは、本当に嬉しいんですよ」
って。
そういえば昨日も思ったけど、後宮は豪華な割にしーんとしてて、誰もいないみたい。
侍女だって4、50代の人たちばかりだ。
普通後宮って、美しいお妃様が何人もいて、美しいお姫様もいて、そのおつきの侍女もみんな美女揃いで、もっと賑やかできらびやかなハズだよね?
「心からお祝い申し上げます」
「おめでとうございます」
にこやかに祝福されて、首を傾げる。
さっきも不思議に思ったけど、何が「おめでとう」なんだろう? 儀式を受けたこと? それとも、無事、舞姫になれたことかな?
「あの、王様にはお妃様っていらっしゃらないん、です、か?」
オレがそう言うと、侍女たちは驚いたように顔を見合わせ、「やだわー」と笑った。
「ここにいらっしゃるじゃないですか」
にこやかに告げられて、キョロキョロと周りを見回す。
豪華な湯殿は、何十人でも入れそうなくらい広い。でも、ここにいるのはオレと、数人の侍女だけだ。
「こ、こ?」
もっかい尋ねながら、ぐるっと視線をめぐらせると、侍女たちはまた、くすくす笑って。
「ええ、ここですよ」
そう言って、オレの手をぎゅっと握った。
一瞬、意味が分からなかった。
えっ、それって、オレのこと……!? そう思い至ったのは、数秒経ってからのことだ。
「えっ、ええーっ!?」
腰の痛みも忘れて立ち上がると、一斉に頭を下げられた。
「ご結婚、おめでとうございます」
「け、け、け、結婚?」
盛大にドモりながら、侍女たちの顔を見比べる。みんな笑ってるけど真剣で、誰もオレのこと、からかってる風じゃなかった。
一生王様に仕えるって……誓うって……そういう事だったの? なんで?
じゃあ、あの「儀式」は?
うろたえるオレをやんわりと座らせ、侍女たちは笑って、また言った。
「おめでとうございます、お妃様」
突然そう言われても、理解なんてできなかった。
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