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050 天真
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少年が見つからないまま、時間だけが過ぎていく。
窓の外は日が陰り始めていた。
それと同時に、久々に降った雨も止んでしまっている。
雨が止んだことで、少年の身に何かが起きたのではと、最悪の事態が頭を過る。
(一体何処へ行ってしまったのか……)
いくら調べても、窓も扉も、誰かが出入りした痕跡はなかった。
国王自らが施した術で鍵がかけてあるのであれば尚更のことだ。
「失礼致します」
許可を得た者にしか開けることのできない、白い重厚な扉に手をかける。
水神の部屋の扉は見た目よりもずっと軽く、そして静かに開いた。
水神とされる少年の細腕でも、扱い易いようにと作り変えられたものだった。
王は相変わらず、水神の部屋に佇んでいた。
「ジーナか……」
「はい、陛下。イズミ様の行方は未だ手掛かりなく……」
寧ろ唐突に消えた少年を、探す当てすら未だないのだ。
「そして王宮の者に水神様失踪の噂がたちました。申し訳ございません」
そう告げても、王はなんの反応もしない。
「それと、サディ様、ギルト様にも伝達を入れました」
少年が良く懐いている二人の騎士団長。
我ら以上に、あの少年の失踪先に心当たりがあるかもしれない――と、そう思ったのだ。
「……仕方あるまい」
呟くように、放たれる王の言葉。
今二人の騎士団長が命じられている任務は、反王国派の残党と、西宮の牢の脱獄犯の討伐だった。
西宮の牢獄での豪雨の時、反王国派の首領は水没した地下牢で命を落とした。
捉えられていた者の中には、奇しくもその場から脱獄した者もいる。
復讐に燃える憂いは、水神を国民に披露する前に潰しておこうということだった。
重要なことではあるが、肝心の水神様がいなくなってしまったのでは意味がないだろう。
「それで、サディとギルトはどのくらいで戻る?」
「わっ! 二人とも帰って来るの?」
――――突然部屋に響く、明るい少年の声。
王も私も、慌てて声の方を振り向いた。
「イズミ……」
王が掠れた声で少年の名を呼ぶ。
外へと通じる扉は、私の背後にある。
その扉しか、外に通じていないはずだ。
(この子は一体、何処から入ってきたのだ……?)
頭から足先まで、ずぶ濡れの少年。
既に雨も止んでいるのに、何故こんなにも濡れているのだろうか。
「何処に行っていた?」
国王が発したその声に、また怒気が滲んでいた。
「……どこって……。外だよ……?」
濡れたままの少年は、頰を赤らめて国王から目を逸らす。
その様子を見て、ますます国王の怒気が上がった。
「外……で、何をしてきた? 何処から外に出た?」 「え……? 何処って、そこに扉が……」
言って少年は振り向き、そして固まる。
「あれ?……ない!」
少年は窓と窓の間にある、古い絵画を指差し、必死に訴える。
「ここに……ここにね、扉があったんだ。そこから外に出たの……」
少年は首を傾げて絵画を見上げる。
「おかしいなぁ〜……」
私も、少年が見上げる絵を見る。
それは、とても古い絵画だった。
国王が選んだ美術品の中で、一番高価なものだろう。 水神の紋章。水神の由来。その元になった絵。
水神(リィーリ)の原泉、そこに描かれる食物連鎖――――
生命は全て、死して水神に繋がるという暗示が込められている。
(この子は、この絵から外に出たというのか……?)
そうだとしたら……『水神』という存在はなんと奇怪なのだろうか。
この少年は妖力が使えるのだろうか。
いや、水神ならば妖力が使えてもおかしくはない。
水神だから、全てのことに可能性が出てくる。
「ところで、いつサディとギルトは戻ってくるの?」 急に振り向き、感慨も何もなく少年が言う。
その視線は王ではなく、宰相である私に注がれていた。
(この子は、陛下の機嫌を損ねる天才なのだろうか……)
「サディ様とギルト様は昨日発たれたばかりなので、明日には……」
「よい」
突然王の言葉に遮られる。
「二人には任務をきちんと遂行させろ」
つまり、当分帰らせるなという命令だろ。
「はい陛下」
「え……なんで……?」
不思議そうに少年が言い淀む。
(……無意識とはやっかいだな……)
訳がわからないという表情で、少年は困惑している。
その間も王の方は見ずに、私に必死に訴えかけるのだ。
その表情はとても可愛らしい……とは思うが、流石にこれにはついていけない。
「ジーナ、下がれ。この後はお前に一任する」
王の無表情さの中に、とてつもない苛立ちを感じる。
これ以上ここにいて、この無邪気な少年に振り回されるのは避けたかった。
このままだとリディ同様、要らぬ跳弾を受けそうだった。
少年の呼び止める声を無視して、一礼し部屋を出る。
直ぐに妖術が扉に掛かったのがわかった。
――――あの嫉妬深い王が、鍵を閉めたのだ。
冷や汗が一滴、頰を伝う。
とりあえずは、あの少年が見つかって良かった。
今はもう、それだけで充分だろう。
「イズミ様、うまく陛下のご機嫌取りをしてくださると良いですわね」
背後から聞こえた溜息。
「……いらしてたんですね」
「ええ。イズミ様が心配でしたので」
そう笑う彼女だが、王に要らぬ疑いをかけられていたことも要因であろう。
聞けばリディは今朝、少年に会食を申し込まれたそうだった。
それを王が快く思わなかったのだろう。
「リディ殿は、何故こちらへ?」
「ジーナ様に、首尾をお伺いしようと思って待ってましたの」
扉を見つめて、彼女が安堵の表情を浮かべる。
「……ご無事で、良かったですわ……」
心の底から出たような言葉。
蒼の一族の水神への思い入れは、他の者たちよりも遥かに強い。
けれどその時、扉の奥から悲痛な少年の悲鳴があがる。
「まぁ……ご無事かどうかは、これからみたいですけど……」
だが、これだけ心配をかけてあの態度だと、自業自得と言っても過言ではあるまい。
「では……私はこれで。リディ殿もあまり聞き耳など立てますまい」
それでも彼女は心配そうに首を傾けた。
扉から離れ、階段へと向かうその途中――――遠くで微かに、耳を覆いたくなるような悲惨な悲鳴が聞こえた。
「イズミ様……」
リディが、なおも心配そうに振り向く……。
しかし、相手は国王だ。
あの小さな少年を哀れに思っても、我々では何もしてやれない。
サディやギルトがこの場にいても、それは同じことだろう。
「行きましょう。リディ殿」
不安そうに振り返るリディを促し、微かに聞こえる悲鳴から逃げるように遠ざかる。
これは、この国のためなのだからと強く言い聞かせながら……。
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