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成宮亮輝
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『3番さん生2つ、お造り入りまーす』
成り行きとはいえ、
なぜ俺は了解してしまったんだろうか…
気がつけば駅前の明るい雰囲気の居酒屋に連れ込まれ、
ほぼ初対面のこの人と、生のジョッキで乾杯していた。
「マンツーお初だね! つか初対面だったりすんだけど。
ま、とりあえず俺と飲めておめでとーー」
ガチンとぶつかったジョッキ。
冷えたガラスをたっぷりの泡が伝う。
目の前でそれをグイグイと煽る成宮を見ても、俺はどうもそんな気にはなれなかった。
「あれ。なにどしたん」
「…休肝日なんですけど…
つか何より月曜から酒はきついっす」
「わ、ノリ悪ぃ奴~つっても飲むんだろ?
…あ煙草吸う?」
「吸いません…」
断れば、「あそう」とわかっていたように返事だけする。
カチッと煙草に火を付け、席に深く腰掛け直す成宮。
あんまりに居心地が悪い。
先程からの、俺を値踏みするような視線も頂けない。
ねっとり絡みつく視線に我慢ならず、
俺はついに自ら口火を切った。
「あの…なんで俺を誘ったんですか?」
俺の問いに、成宮はうさんくさい程人の良い笑顔を見せてきた。
男のバービー人形みたい。白い歯が小麦肌に良く映えるもんだ。
「ん~やっぱさ、話してみてぇじゃん?
あいつが全てを許した相手だろ」
「……許されないことも多いんですがね」
ずいぶんと軽い感じに言いのけるが、本当にそれだけなのか。
こんな風に言ってまだ未練がましいことを考えてるんじゃないのか。
疑惑の念が俺の頭をさ迷うのも無理はないと思って欲しい。
今俺の前にいるのは、あの『成宮』なんだから。
「文句言うなよ、まんまと俺から奪っといて」
「ッ…」
さらりと触れてくるよなぁこの人…
あんな振られ方して平気な顔してるし、不気味としか言い様がない。
それでも嫌味な口調もあくまで冗談っぽく、
そのニュアンスから特にといった不穏さは伝わってこなかった。
「…俺は別に、そんなつもりじゃ…」
「ハイハイ、んな目で見ないのー。
……俺が間違ってた。馬鹿だったって思う。
いつもやり方が下手で…なっかなか学習してくんねぇんだよな~」
吐き出した煙がふわっと散らばり、漏れなく排煙窓に吸い込まれる。
その様子を眺めながら、
えらく自分を客観視する人だなと苦笑を浮かべた。
「……俺だって大して変わりませんよ。
本気で好きな相手こそ、慎重にいかなきゃ駄目だってわかってるのに。
実際は超がむしゃら…あの人にも強引し放題だし」
桐嶋さんは可哀想な人だと思う。
優しいから結局我侭は飲んでしまうし、
自分を第一に考えずに損することもあるし、
最近じゃ何かにつけ、
俺相手でも拒めなくなってきてるし。
頼んでもないのに次々と運ばれてくる料理。
その度店員さんに軽く会釈する俺に対し、
成宮はポッカーンとした顔でこちらを見つめていた。
「なよそ~に見えんのに何そのギャップ。
こえぇんだけど」
「はは、何せ歯止めが効かないもんで。
…すぐ討論になるし喧嘩もするし、上手く行かないことだらけです」
泡が減ってきたジョッキにやっと口をつけ出した俺だが、
成宮さんはもう結構出来上がっていた。
…酒弱いなこのお兄さん。
「ま。恋愛ってのぁそんなもんよなぁ…」
「……成宮さんの場合はほぼご自身に非がありそうですが」
「あんだって?」
ボソボソとからかってみれば、速攻噛み付いてくる。
その睨み方はそこまで怖くはなかった。
「なんでもないです。
うわちょっと、零れてるじゃないですか…もう少し行儀よく食べられませんか」
「るっせ、桐嶋みたいなこと言うなばぁーか」
テーブルに点々と落ちた醤油を拭き取る。
酒気を帯びたせいか、少し拗ねた口調になったのを聞き、俺はそっと成宮の方へ目配せした。
「……桐嶋さんだって、
行儀良いのは外面ですけどね」
「だよな!
そのくせ人のことはやたら言ってくんの。ムカつくわぁ…お前は母ちゃんかっての!」
そうか。
この人も良く、桐嶋さんとご飯とか飲みとか行ってたんだよな。
…友達だったんだよな。
この人は、桐嶋さんを友達だなんて思ってなかったんだろうけど。
「やっぱり、お二人仲良かったんですね…」
「ん~? まぁそりゃあ?
あいつに友達が居なかったから?」
気を許したらペラペラ喋り出すくせになぁ、と懐かしげに語る成宮。
そんなこの人を見ると、俺はどうにもやりきれない気持ちになった。
「またそんな言い方して。
成宮さんだって、桐嶋さんのこと…」
言ってからしまったと思った。
この立場で掛ける言葉じゃない。
「……お前、性格悪ぃよ」
すっと口から引き抜いた煙草を、おもむろに灰皿へ押し付ける。
やたら落ち着いた成宮の声が、また罪悪感を煽った。
「俺があいつをどう思ってたかなんて、
…そんな…そりゃあ……」
目が赤く、若干潤んでいる。
怒られるだろうと身を縮めると、
箸を持った手が飛んできて、
俺の皿の唐揚げをかっさらって行った。
酔っ払いの謎行動に俺はぎょっとした。
「すげぇ好きだったっつーの!」
唐揚げを奪ったのは腹癒せのつもりらしい。
「こいつは貰ったからな」と口に放り込む成宮に、俺は唖然とするばかりだった。
「ど…どうぞ」
と同時に、
そこまで悪い人でもないんじゃないか、と俺の中の何かが、成宮に対しそう悟った。
「……そうでしたよね。すいません…」
すっかり図太さを失った俺。
目の前の人は気まずそうに癖毛の頭を掻き、
再び口を開いた。
「……だから、幸せにしてやってよ。
あいつお前に相当惚れ込んでるみたいだし」
「え…」
初めて言葉にされた彼の吹っ切れた気持ち。
自分の家族でも指すような言い方だ。
戸惑う俺に、成宮は続けた。
「だって俺の役目じゃねぇんだもん。
たった一人にしか出来ねぇことなの。
……んで。お前はあいつのこと、どんな風に思ってんの?」
箸を置き、真っ直ぐに目を合わせてくる成宮。
妬むでもからかうでもなく、率直に尋ねてくるこの人の言葉は、
来店初めの会話よりよっぽど重く感じた。
(どんな風に……か)
ドクッ… ドクッ… ドクッ…
そのアーモンドみたいな目の中に、また自分の姿が映ってる。
大事な商談の前みたいな、力んだ顔して座ってる。
俺は小さく息を吸った。
「好きですよ。
…離したくないんです…誰にも譲れないんです」
ドクドクとうるさく脈打つ心臓。
押し寄せる緊張感が言葉を選ばせなかった。
第一に好きだということ、
その後には俺の悪い束縛癖が口に出た。
決まりが悪くて語尾は震えたが、
それでも逸らさなかった成宮の目は、
驚くほど穏やかなものだった。
「……はは。そっか…」
なんだ、そんな自然な顔も出来るのか。
そう思わせるような笑顔で、この人はゆっくりと俺に頷いた。
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