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柿と、かくれんぼ
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暗くなる前に散歩を終えた常と紅丸は、広い茶の間に居た。紅丸は座卓に凭れ、片膝を立ててのんびり煙管をふかしている。
常は台所から持って来た皿を、木目模様が美しい、一枚板の大きな座卓に乗せる。散歩の途中で取ってきた柿を袂から取り出して、ことりと入れた。それを中央に置いて眺め、よしと頷く。
「食べないのか、」
「うん。俺のじゃないんだ。この家にもう一人、誰かいるだろ。好きかなって思って。」
「ふうん。緑太の事か、」
「ろくた?」
座卓の上に緑太と字を示し、紅丸が思い出した様に言う。
「ああ、そういえば会った事がなかったか…。会いたいのか?」
「うん…あ、でもなあ…自力で見付けたい気もする。洗濯も掃除も家事は全部、緑太がやってるのか?」
「そうだ、」
やっぱりかと思う、紅丸は何というのか、魔物なので当然なのかもしれないが浮世離れしている。黒鉄がまるで人間の様に振る舞うのもあって、余計にそう感じるのかもしれなかった。
「柿、ここに置いとくから、緑太が食っていいぞ。気に入ってくれるといいけど、」
廊下辺りに声を掛け、常はそのまま冷えた座卓に頬を付けた。久し振りに外へ出て疲れたのか、目蓋が落ちてくる、うとうとと意識を手放した。
紅丸は、常が寝たのを感じて煙管を灰皿に置いた。自分の羽織を脱ぐと、その肩にそっと滑らせる。常は最近良く眠り、あまり物も食べない。
魔物は宝石が好物である。特に紅丸はそうで、食物を食べたいという欲求は低い。しかも寝ずとも何ともない。黒鉄に至っては、昼寝が好きで良く横になっている。だから、常の様子にもあまり頓着していなかった。
「緑太、」
障子に声を掛ける、廊下に気配があった。静かに障子が開き、夕暮れを背負った鶯色の着物姿の少年が入って来た、
「はい。床の用意は済んでます、運びましょうか。」
淡い若葉色の髪は強い癖があり、あちこちと跳ね、前髪が顔の半ばまで覆っている。その所為で表情は見え辛く、どんな顔付きなのかも判別し難い。
「いいや、俺が運ぶ。お前は、柿でも食べて休むといい、」
「…はい。」
緑太は頷くと座卓の前に着き、柿の入った皿を引き寄せた、じっと眺める。
「気に入らんか?」
「いいえ、嬉しいです。でも、常様の様子が気に掛かります。あまり食べ物を欲しがられない事を、黒鉄様が心配されてました。」
「ああ、黒鉄が…。まあいい、帰って来たら話を聞く。」
紅丸は身を起こして、すいっと極軽く常を横抱きにした。寝た人間は相当重い、しかも大人の男だ。だが、このくらいの事なら緑太もやってのける、少年の姿をしていようと実際の年齢はかなり長く、魔物である事に変わりはない。
「常様が起きられましたら、柿の礼をお伝え下さい。」
「いいや、明日にでも直接会って言うと良い。その方が喜ぶ。」
「良いのですか、」
「ああ。でも、自分で見付けたいと言っていたから、適度に手を抜いて隠れていたらいい、」
「ふふ。かくれんぼ、ですね。」
「そ。得意だろう?その所為で、常はお前に夢中だ。」
紅丸の言葉に、緑太は申し訳ございませんと頭を下げた。しかも、主を差し置き、常自らの手で取ってきた柿を頂くという事態になっている。
緑太の仕事は紅丸の世話と屋敷を守る事だ、今回の初の嫁候補である常との仲も上手くいって貰わねばならない。常が気兼ねなく過ごせる様にと、なるべく気配を消して会わない様にして見守っていた。
もし、常と上手くいかなかったとして、紅丸が次にその気になるのはいつになるのか…いや、次回などないのかもしれない。それは絶対に、避けねばならない。紅丸に何かあった時、屋敷を継ぐものが必要なのだ。そうしなければ、東の果ての果ての果てをさまよう魔物が他の地へ出て行ってしまう。世界は混沌と化すだろう。
「いいや、楽しみの一つの様だ。そんなに、俺の事を気にしなくても良い。」
紅丸が軽く笑って、眠る常を抱いて部屋を出て行った。牡丹の間へ向けて、廊下を進む気配に耳を澄ませる。
「ああ、随分と今日は機嫌が良い様だ。何か、進展があったのなら良いけれど。」
柿のつるりとした皮を撫で、緑太は明日の顔合わせをどうするかと、頭を悩ませた。
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