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目覚めにしおりをはさみました!
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目覚め
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薄い目蓋が震え、瞳が開いた。ここ最近の気怠さは去り体が軽い。白いシーツに手をつくと身を起こし室内を見渡す、何も着用していない素肌を上掛けの布団が滑った。自身の寝ているダブルベッド、焦げ茶の絨毯張りの床、清潔だが主張し過ぎない内装を見て、ホテルの一室だと理解する。カーテンは開けられ、そこからレースのカーテン越しに明るい日差しが差し込む。
「朝か、」
声を出し、思わず喉を抑える。いつもより年若く響く声に違和感を感じたのだ。見知らぬ室内、以前にも経験した事のある年齢による声の違い。記憶を探り、次々とこの眠りに陥る前の事を思い出し、自分のおかれた状況を把握する。
ルーカ・アルバーニ。
脳内に浮かんだ顔は、この事態を招いた原因であり、彼の以前の姿である秋吉 雪の人生を終わらせた人物だ。
この目覚めは、彼にとっては何度目かの新たな人生の始まりである。しかもそれは、彼としては実に不本意であり、そろそろ迎える筈だった人生の終幕を無駄に延長するものだ。
はぁ…、顔を覆いため息を吐く。今の自分の容姿は分からないし別段興味も無いが、とにかくこのホテルを出るべきだと思った。あの男の目的がはっきりしない以上、ここに留まるのは危険だ。
何か着る物を探す為にとベッドを降りた、さすがに裸のまま部屋を出る様な無謀を敢行するつもりはない。と、床に着いた足に違和感。
「…はっ、やってくれる。」
右足を振れば、チャラ、チャリ、と金属音を鳴らす鎖の付いた足輪。よく見る為に屈む途中で、視界を遮る邪魔な横髪を耳にかける。鍵の施錠された銀色の金属は、さほど頑丈に見えない。
「ああ、これなら千切れそうだ。」
片膝をつき、輪っかに両手の人差し指をかける。繋ぎ目を中心にして、ぐ、ぐ、ぐ、と力を込めていく。人間の力では限界がある、それを承知で更に力を増す。金属が皮膚に食い込み肉を断つ、ポタッと床に落ちる血。痛みを感じても、眉を顰めただけで歯を食いしばり耐える。やがて苦痛を和らがせる、人知を超えた回復能力が出るだろう。そして流す血が増えれば、リミッターが外れる。
「…っ、はあ、何故、」
血が止めどなく流れ、ドクン…ドクン…と心臓の音が耳元で聴こえる程だ。引くはずの痛みはまだ癒えず、堪らず足輪から指を放した。両手を重ねて握り込む。
「痛、」
予想に反し流れる血は中々止まらず、手のひらを伝い手首を超え、肘から雫となって落ちた。足音が近付く、その足音の主が誰かなど確認したくもないと、指を見つめたまま顔も上げなかった。
『大丈夫?血が止まらないのかい?』
英語で語る優しい声音。血に濡れた手をサイドから包む大きな手のひら。
『力任せにあんな無茶をするからだよ。この金属は硬度だけではなく、衝撃への耐性も強いんだ。力が強いだけじゃ苦戦するだろう。』
『悪趣味ですね。盗聴の次は、盗撮ですか。』
冷たい視線を相手に向ける。その口振りからして雪が目覚めてからの一部始終を見ていたに違いない。しかし、相手はふっと笑みを浮かべた。
『いつ目覚めるか分からなかったからね。愛しい君へ挨拶がしたくて、…おはよう。』
ちゅ、と軽く頬へ触れた挨拶の後、止血をしよう、との言葉と同時に両手首を掴まれ真上へ上げられた。その身長差で、雪は自分が以前よりも身長が小さくなっているのに気付いた。
『ああ、ようやく止まり始めた。』
上げた腕に伝った血の跡を舐める為に這う舌を、全くの他人事の様に眺める。しかし忠告はする。
『アルバーニ、あまり血を舐めない方がいい。』
『ルーカ、だよ。そう呼んでと言ってるのに、少し間を置くとこれだ。』
『目的は若返りですか。』
両手首を捉えたまま目の前に迫る青い瞳は、さながら海に反射する光を湛えている。美しく、深い。
『それとも、商品として売るつもりですか。』
甘酸っぱいリンゴと爽やかなシトラス、鼻腔をくすぐる相変わらずの香水。
『まさか。…君は気付いてるんじゃないかな、自分の現状に。』
その言葉と共に触れる吐息が、硬く結んだ唇に柔らかく重なった。
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