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静かな終わりにしおりをはさみました!
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静かな終わり
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何も聞こえなかった。
不気味な程、何も。
「親父…………………………」
吐き出す吐息と、漏れる声。
父親が隣の部屋に入って、どれ位経っただろう。
待つって、こんなにも忍耐。
そんなに経ってもない様な時間が、もう何時間も待っている気がする。
大和は少し髪をかきむしり、チラッと高橋のいる部屋を覗く。
しかも、中を見れた筈のパソコン画面は、今真っ黒。
気付いた時には、電源が落ちていた。
「もうすぐ終わるやろ…………………」
カビ臭い廊下の小さな窓を見上げ、安道は大和の声に答える。
「………………………京之介」
多分、安道がソレをした。
口には出さなかったが、ただジッと終わりを待つ安道の横顔を見つめ、大和はそう思った。
『マジの中のマジ』
父親が消えてから何度も頭を過る、安道の言葉。
マジの中のマジって、何。
そんなに恐ろしいのだろうか、自分の父親は。
今でも、本気で怒ったら充分恐いのに。
アレより、まだ恐いんだ。
………………………だから、か?
然り気無くパソコンの画面を消し、安道が自分へその姿を見せまいとしたのは………………………。
「はぁ………………………」
大和は冷たい壁にもたれ、溜め息をつく。
結局、俺だけ守られとんのか…………………。
ガチャ…………………………
「親父………………………っ!」
刻まれる時間が増えると同じ様に、大和の心にも複雑さが増した頃、高橋の声が部屋に響く。
親父。
親父………………………。
「…………………出て来たんや………………」
さすがに、大和も心の底からホッとした。
ウチの親父は、大丈夫……………なんて信じていても、やっぱり心配だった。
父親でもあり、恋人でもある。
なるべく平静を装ってはいたが、心配する想いは何倍も膨らむ。
吐きそうな位、心拍数は上がってた。
「親………………………」
部屋へ入りかけて、大和はそれを躊躇する。
早く顔を見たいと思ったが、ここは高橋じゃないか?
自分よりも、高橋……………………。
部屋の入口から、遠目に二人の姿へ目を向け、大和は逸る想いを押し殺す。
今は、自分じゃない。
ポン…………………………
「大人になったな……………………正解やと思うで」
軽く肩を叩き、優しく微笑みながら、安道は気持ちを止めた大和を褒める。
「京………………あ……………………ん……」
照れ臭そうに、俯く大和。
あ………………………ん…………。
一応、若頭ですから。
若頭。
高橋に貰った、大切な大役。
部下の事、一番に考えたい。
大和は、自分よりもホッとしてる様に見える高橋を見て、また少しホッとした。
「…………………………親父っ」
嵩原の腕にすがり付く、高橋。
まるで、子供のよう。
ほんの僅かだけ離れていただけで、苦しさが胸を突く。
「親父………………………私は、私はなんて事を…………」
なんて事を。
普段は、組でも断トツの強さを誇る高橋のこんな姿、見た事がない。
「高橋………………………」
全身を震わせ、ボロボロと涙を流し、嵩原から離れる事を拒む。
黒河の手から逃れられても、高橋には新たな苦しみが心を覆っていた。
「申し訳ありません………………申し訳ありません………私のせいです。私のせいで、親父が最も嫌う事をさせてしまいました。どんな罰もお受けします……………どうか、どうか私に罰則を……………………」
嵩原の最も嫌う……………………。
それは、口にするのも憚れるような言葉。
高橋にもわかっていた。
自分を出した嵩原が、黒河に何をしたか。
いや、嵩原に自分が何をさせてしまったか。
「高……………………………」
「破門でも、何でも構いません………………どうか……」
破門。
「…………………高橋…………………」
離れた場所からそれを見ている大和にも、高橋の姿は痛々しかった。
高橋の闇は、救えないのか?
閉め出された扉の前で、高橋がどんな想いで父親を待っていたかと思うと、自分がそれに落ち込んだ事など、大和は馬鹿みたいに感じた。
いつの間にか引いていた涙が、再び込み上げてくる。
人の心を救うとは、なんとも難しいのだろう。
ただ助けたいだけでは、無理なんか…………………。
大和は、奥歯にグッと力を入れ、苦しむ高橋を我が目に焼き付けた。
そして、思った。
その苦しみを真正面から受ける父親は、どうやって高橋を救う…………………………?
「高橋…………………………」
嵩原は、目の前で涙を流す高橋の頬に触れ、やんわりと指先を滑らせた。
「親……………………父………………」
「たまには、『嵩原』って呼び捨てにせえや」
「え…………………………」
「昔みたいに、呼び捨てがええわ………………俺は」
「あ………………………」
嵩原。
初めて出会った頃は、よくそう呼んだ。
二人で突っ走った筈なのに、気付けば嵩原だけに役が付き、高橋は一歩も二歩も下がった。
嵩原がどんなに変わらなくとも、高橋は嵩原を支える部下に成り下がった。
小さな距離だが、それが嵩原には、ちょっと寂しくも思えた。
「なぁ、高橋……………………お前は、ウチの大事な家族やろ?大和がちっさい時から共におる、家族や。その家族を、親が守って何が悪い…………………」
「親……………………っ…」
嵩原が拭っても拭っても、高橋の頬は濡れる。
家族。
家族って……………………。
思わず手で顔を隠し、高橋は嵩原の胸に身体を埋めた。
そんな事、言ってもらえる立場じゃないのに……………ないのに、心は嬉しさで熱くなる。
「こないなやり方がええとは、口が割けても言わん。言わんけど、元々逸れた道を歩く俺には、これしか出来ひんかった……………………どうしても、許せんかったから………………許せんで、泣いとるお前を見たら、何もかんも吹っ飛んでしもうたわ」
強い男が、泣く。
余程の事。
それを上っ面で片付けられる程、黙ってはいられなかった。
自分の懐で涙する高橋の背中へ腕を回し、嵩原はソッとその頭に手を乗せた。
「…………………………頼むから、破門やなんて寂しい事言うなや…………………………大事な家族を守る為やったら、親は地獄にだって行くわ。当然やろ」
無理をしている訳じゃない。
当たり前の事をしただけ。
例え、許されないとわかっていても、終わらせたかったのだ。
嵩原にとって、何も辛い事ではない。
高橋を救いたい。
大和と、想いは何一つ変わらなかった。
「で、お前が『嵩原』って言うてくれたら、全て丸う収まるんやけど…………………どうや?」
戸惑う高橋の顔を覗き込み、嵩原はようやく笑顔を見せる。
「は………………あ、え………と………………ら?」
「ら?……………………何や、それ。聞こえんわ」
「せ、せやから………………た………た、嵩原っ、あ………ありがとう……………………ありがとうっ、嵩原!」
涙も、止まる。
顔を赤らめ、高橋は声を張った。
「………………っし!…………………許したる♪」
「も、もう………………………強引やなっ」
でも、そんな高橋の表情も、若干上を見ていた。
良かった。
大和はサッと手で目を擦り、二人に背を向けた。
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