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あんな襲撃事件の後だから、さすがに王城での夜会の予定はなくなった。一方で、王都に屋敷を持つ貴族たちは、それぞれの屋敷で夜会を開催してるらしい。
今まで国交もなかったような、他国の姫君が襲われそうになったっていっても、大して興味が持てないみたいだった。
オレの両親も、王都の屋敷で夜会を開くらしい。わざわざオレの屋敷に、使者が日時を知らせに来た。
辺境の治安を司る辺境侯が、いつまでも領地に戻らず、王都に長居してるのは珍しい。
オレには騎士団の仕事もあるから、必ず出席ってことには多分ならないと思うけど、正直言うと面倒だ。
親の開催する夜会なんかに出たら、途中で帰ることもできないし、家族として挨拶しなきゃいけないし、挨拶したらダンスもしなきゃいけない。
体を動かすのは好きだけど、ダンスは苦手だ。
1人でなら何とか踊れるものの、女の人と手を組んだ瞬間、ステップも余裕も笑顔も、全部吹き飛んでしまう。
アンバー君みたいに踊れれば、格好いいだろうなって思うけど――。
姫君、いや王女殿下と、華麗に踊ってた彼の姿を思い出し、ズキッと胸が痛む。
「オレ、仕事で行けないから。そのように返事を」
執事に親からの手紙を渡し、代筆を頼んで、仕事用の黒い騎士服に着替える。
夜会の誘いから逃げるように詰所に向かうと、今度は騎士団長に「部屋に来い」って手招きされて、何言われるんだろうって、冷や汗が出た。
騎士団長の執務室は、オレの屋敷の執務室に比べると、ちょっと簡素で実用的だ。部屋に入ってすぐ右に応接セットがあって、奥には専用のシャワー室や仮眠室もある。
団長や副団長は有事の際、ここに泊まり込んで家に帰らないこともあるらしい。副団長の部屋に入ったことはないけど、似たような造りなんだとか。
前は大変だなーとしか思わなかったけど、今はちょっと羨ましい。家に帰らなくていいなら、夜会に連れて行かれることもない。
ああ、でも、ここも一応城内だし。
アンバー君にバッタリ出くわす可能性を考えると、やっぱ王都勤務じゃダメだなと思った。
執務室にオレを招き、ソファに座らせた騎士団長は、向かい側のソファに自分も座って、「考えは変わらないか?」って訊いて来た。
国境行きのことだと悟って、背筋を伸ばして「はい」と答える。
そしたら団長は、はあーっと大きくため息をついて、筒状に丸めてリボンをかけた上質紙を差し出した。
「内示が出たぞ」
「はいっ」
ぴしっと背を伸ばして、座ったままで頭を下げる。
うやうやしく受け取った筒状の紙を、リボンを解いて広げると、「国境守護騎士団への転属を認める」って流暢な文字で書かれてた。
これは誰の字なんだろう? メガネの侍従? それとも専門の文官かな? 少なくともアンバー君の字じゃなくて、ちょっとだけ残念だなぁと思う。
一番下に書かれてるのは、力強い筆跡の陛下のサイン。その横に国王の御璽が押されてて、正式な文書だと分かった。
ただ……国境守護騎士団はいいんだけど、なんでか副団長って文字が後ろについてて、首をかしげる。
「副団長?」
不思議に思って訊くと、「そうだ」ってキッパリうなずかれた。
「まあ妥当なところだろう」
「妥当って」
真面目な顔でそんなこと言われて、慌ててぶんぶん首を振る。
「そ、そんな。オレ、特に功績もないです、し……」
しどろもどろに言いながら、内示文書を差し返そうとしたけど、団長はニヤッと笑うだけで、受け取ってはくれなかった。
「功績なら、立てたばかりのがあるだろう」
「立て……ええっ?」
身に覚えがなくて更に首を振ると、「勲章ものだぞ」って重ねて言われた。
「他国の王族への襲撃に、誰よりも早く気付いて未遂に終わらせたじゃないか。お前は同時に、我が国の体面も守ったんだ」
国の体面を守ったって言われると、それは素直に嬉しいけど、でも勲章とか出世とか、それは大袈裟過ぎると思う。
「オレはただ、当たり前の事をしただけですし……」
首と同時に手も振って、何とか辞退しようとしたけど、「バカなことを言うな」って怒られた。
あの場には国内外の有力貴族がたくさんいたから、目撃者も多い。オレに対し、相応の報酬がないとなると、逆に陛下の立場が悪くなるんだとか。
もしかして側近の話もそこからじゃないかって疑ったけど、それはどうしてもイヤなんだから仕方ない。
一騎士としても、一貴族としても、陛下の評判を下げていいとは思えなかった。
でも、素直に喜べないのも分かって欲しい。
あの時、銀盆の下の武器に気付いたのは、アンバー君を直視できなくて目を逸らしたせいだ。偶然だ。オレが特別注意深かった訳じゃないし、忠誠的だった訳でもない。
結果的に、姫君もアンバー君も無事でよかったけど、好きな人を護れたっていう事実だけで、オレにはもう十分だった。
出世もいらないし、勲章もいらない。
「どうにか、美談っぽく辞退するとか……」
諦め悪く訊くと、「ムリだ」ってバッサリ斬り捨てられる。
「国境への栄転がイヤなら、陛下の側近に栄転だな。それとも、この王都騎士団で団長補佐にでもなるか?」
そう言われると、やっぱりオレには国境行きしかないように思う。アンバー君のことで、いつまでも心揺らしてたら騎士失格だ。
「……分かりました。分不相応ですが、お受けします」
ためらいつつ、内示文書を胸元に抱える。
副団長なんて大変な地位が、オレに務まるとは到底思えなかったけど――もし頑張ってもダメなら、また一般の正騎士に降格されるだけだ。
降格は騎士として恥だから、そうならないよう必死で頑張るしかない。
王都に残って、アンバー君を忘れる努力をするよりも、副団長の仕事を必死に頑張る方が、まだ無理じゃない気がした。
父親主催の、辺境侯爵家での夜会っていうのも、オレの出世を祝う会だったみたいだ。
親としては、陛下の側近騎士の方が良かったのかも知れないけど、オレが選んだ方だって、年齢としては破格の出世だし、文句はないだろう。
オレの気持ちとは裏腹に、勲章授与式もあっさり行われた。
ホントは祝賀会なんかもあるらしいけど、幸いといっていいのかどうか、城内での夜会開催は無期限停止中だから、すごく地味な授与式でよかった。
「レナルド=ミーガン子爵に功労勲章を授与し、国境騎士団副団長に任ずる」
老宰相の言葉を合図に、陛下の御前まで足を運んでひざまずく。
「よくやった」
陛下直々にお褒めの言葉をいただいた後、メガネの侍従がオレの騎士礼服の胸に、重い勲章をつけてくれた。
アーバン君じゃないんだ、と、ちょっとだけガッカリしたけど、ガッカリした分、緊張が減ってよかったかも。
仲間の騎士たちの拍手が響く中、陛下が玉座から立ち去ってくのを見送る。
陛下の後ろには、やっぱりアンバー君がいて。でも、その顔はいつになく強張ってたから、どうしたのかなって心配になった。
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