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18歳以上ですか?
ロミオとジュリエット 28にしおりをはさみました!
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ロミオとジュリエット 28
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私は、結に、父親とのこれまでの確執を話し続けた。
「父との私の断絶は、3年に及んだんだ。
上の妹は、既にパン職人だったし、下の妹も音大を出て楽団員になることが決まっていた。
私がサッカーの監督として名声を得た後も、押しかけたマスコミをすべて取材を拒否し、
親戚や近所にも、息子なんて最初からいないと言っていたんだ。
それでも、私は父の息子だし、父は私を少なくとも18歳になるまでとても大事に育ててくれた。
母と妹たちが幾度となく、私のチームの試合を見に行こうと父を誘ったそうだ。
応援しようと、何度も言い続けてくれた。
7年前私が、ブラオミュンヘンを率いて、初優勝した時、日本でも大きく取り上げられた。」
「覚えているよ、僕も見ていた。」
「そうか。」
「父は、私の初優勝時、大変喜んだそうだよ。
今まで、勘当していたのに。
ブラオミュンヘンのポスターを、パン屋の店内に壁一面にたくさん貼って母親に怒られたそうだ。
パンでコラボ商品まで作らせて、本家のブラオミュンヘンに公式グッズでもないのにだめですと叱られた。」
結が笑った。
「親子断絶を経て、和解したんだ。私たち親子は。
でもその後に、ヌード写真集は出るわ、バイセクシャル公表の上に、」
「男の、僕が来ちゃったり?」
結が苦笑いする。
綺麗に撫でつけた、結の前髪が少しほつれている。
その髪を、右へ左へと撫でつけてやる。
結は、男性だが妹が言ったように、”綺麗だ”、そんな形容詞が似合う。
「結、スーツ着替える?疲れないか。」
結は泊りがけで来ているので、着替えを持っているはずだ。
「大丈夫、まだこのままが良いんだ。」結は、そう言った。
私の家族へ敬意を払って、若い結はスーツを着て来てくれたのだろう。
「コーヒーが冷めたな、入れ直して来よう。」
「レンジで温めで良いよ。」
「そう?」
「このアップルパイ、美味しい。」
「フランスで、舌の肥えた結がそう言っていたと伝えるよ。母と妹も喜ぶ。」
結は、パイを皿の上でフォークを使いひと口大に切り分ける。口の周りにわずかに菓子くずが付くのを気にしながら上品に食べる。
こういう所も、同年代の若者、うちのサッカーチームの連中とは違う。
自身の身体を使って表現する芸術家の結は、普段のしぐさからして綺麗だ。
「ここに来て、後悔しているかい?」
「していないよ。」
「そう?結は繊細だと思っていたが、案外図太いな。」
「ぼく、東郷さんのうちで”しなければならないこと”があるんだ。」
「しなければならない?」
結は、それきり何も言わなかった。
黙々と、アップルパイを食べている。
夕食の食事の時間になり、ダイニングに再び家族が集まった。
上の妹・恵は、家族持ちだが、今日は実家の食事に参加している。
恵が私に言った。
「道ノ瀬さんがいらっしゃるって絶対内密だって言うから、夫と子供にも内緒。
今日は仕事で遅くなるからって言ったわ。」
「気を遣わせたね。」
恵は、家族で近所に住んで、実家の店で勤務している。
「ううん、良いの。働く女には息抜きが必要。それに、
バレエの王子様が来たと、夫と子供にばれたらそりゃ大騒ぎになるから。」
食事の時、酒とオレンジジュースで乾杯した。
普段酒類をセーブする私を知っていて、母が私の好物の赤ワインを用意してくれた。
下の妹の飛鳥が、結にオレンジジュースを注いでやっている。
「あとで、サインと握手をお願いしても良いですか?!」
飛鳥が、興奮したように言う。
「いいですよ、握手は今でも。」
「ひゃあああっー!」結に手を握られて、飛鳥が妙な叫び声を出す。
「あっー飛鳥!ぬけがけ、ズルい!私も!」上の妹の恵が、すかさず手を差し出した。
恵の手を握ったまま、結が言った。
「恵さんが焼いてくださったのですか、先ほどのアップルパイ。すごく美味しかったです。」
「あ、どうも…。」
「お姉ちゃん、舞上がっている!顔赤いし!」
「何よ、飛鳥こそ!」
「飛鳥さん、音楽家なんですよね。」
「はい。」
「ピアノですか?」”穴隠し”に置いてある、ピアノを見て結が言った。
「そうです。ピアニストです。」
「後で、弾いてもらっても良いですか?」
「もちろんですとも!」飛鳥は満面の笑みだ。
「さあ、道ノ瀬さんお料理もどうぞ。」母が結に勧める。
刺身や、しゃぶしゃぶが並んだ。
「欧州では、生の魚は、日本料理店かお寿司屋に行かないと食べないので嬉しいです。」
「道ノ瀬さん、お刺身がお好きなのね。もっとどうぞ。」母が、結の前に、甘鯛の刺身の皿を増やした。
「綺麗な、召し上がり方ね。本当の王子様みたい。」
妹たちが、うっとりとしている。
「あまりご覧にならないでください。恥ずかしいです。笑」
「そうだ、結が食べられないだろ。」私も助け船を出した。
父以外は、結を歓迎して楽しくやっている。
父は、会話に入らず、食事にも手をつけず、独りで酒量が進んでいる。
不吉な予感がする…。
その父が、切り出した。
「道ノ瀬さん、御高名なあなたが我が家にいらしてくださったことは率直にうれしい。
あなたのご活躍は、私も存じています。
でも、息子・悟(さとる)との関係については、正直なところ納得できないでおります。」
「お父さん!その話は…。」母が口をはさんだ。
「良いんです…。そう言う方もいらっしゃると思いますので。」結が、冷静に答える。
「あなたのご両親は、悟(さとる)を歓迎してくださったそうですね。
心の広い方だ。私には、到底真似できない。」
「お父さん!やめて。」握手してもらった妹たちは、完全に結の味方だ。
しかし、父も引かない。
「悟は、バイセクシャルだそうではないですか。
男女双方OKなら、なぜ女性じゃないのか。
聞けば、女性と婚約したと週刊誌記事に書かれていたそうでじゃないですか。」
「お父さん、その話は本当にやめてくれ。
結も私も、散々な目に遭い傷ついたんだ。」
ローラさんのことで、結は精神的に大きなダメージを受けて心療内科に通院していたのだ。
結が、箸を止め、置いてしまった。
うつむき、辛そうに黙り込んでいる。
「いいですか、道ノ瀬さん。悟は、世界的評価を受けるサッカー監督だ。将来は、ブラオミュンヘンの会長の座も夢ではないんです。
ならば、現会長の令嬢を妻にした方が、悟は幸せだろうに。
道ノ瀬さん、あなたが本当に悟を好きなら、悟の出世を望むのが普通でしょう。
それとも、本当は好きではないのかな。そうだ、そうとしか考えられない。」
結の横顔が、蒼白になったのがわかった。
握りしめられたこぶしが血の気を失い、みるみる白くなり、紺色のスーツの上で、ぶるぶる震えだした。
「お父さん、いいかげんにしてくれ!もういいっ!!私は、結を連れて今すぐ、出て行く!」
家業を継がずサッカー選手になることで、父と私は3年断絶した。
今度もまた3年か。いやそれ以上になるかもしれない。
「お父さん!道ノ瀬さんに謝って!失礼よ!」妹たちが、必死に取りなそうとする。
しかし、父は語気強く言い放った。
「男同士など、私は絶対に認めない!道ノ瀬さん、ここはあなたの来るところではない。
椅子も、食器も同じものを使いたくない!」
親父の言葉に、私は血の気が引いた。
世界的に著名なダンサーの結が、これほど侮辱されたことがあるだろうか。しかもよりによって、私の父親に…。
結は、泣き出してしまうだろう。
「結、行こう。君を連れて来て、本当に済まなかった。許してくれ。」
私は、結の腕を掴んで立ち上がろうとした。
結が、私の腕を振り払った。
「結?」
「僕は、行きません。」
少し間をおいて、スーツの背筋を伸ばし、顔を上げて父をまっすぐに見た。
にらむでもなく、じっと見て、そして言った。
「悟さんは…、女性もOKなのでしょう。ブラオミュンヘン会長令嬢と、結婚すれば将来も安泰なのかもしれません。
お父さんが、僕のことをどんなに嫌いでも、息子の悟さんは…、悟さんは、…、
僕を選んだのです。
僕のことが、大好きだから!!」
「結!?」
「お父さん…、お父さんが悟さんに会社を継がせたいお気持ちは悟さんから先ほど伺いました。
でも、悟さんにも悟さんの人生があります。悟さんはもう、お父さんの思いのままにはなりません。」
結の言葉に、私も家族も驚いている。
確かに、父は私に執着しすぎる。
そして、結の言葉には、まだ続きがあった。
「いい加減、子離れして下さい。
子離れして…、そして、
お父さん、悟さんを、僕にください!!」
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