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艮くんの油断。にしおりをはさみました!
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艮くんの油断。
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***
バシャン、と冷たい物が顔に叩きつけられ目が覚めた。
「起きた?」
視線の先で見覚えのある男が微笑んでいる。そのまま笑顔を崩さず持っていたバケツを放り投げると俺の側でしゃがんだ。笑いかけられているのに背筋が薄ら寒い。
「……ミ…ヤ、て…めえ…、」
「怒ってる?まあ怒るか。…でもね、騙される龍美が悪い。忠告したよ、すぐに信じるのは危険だって」
腕の拘束を引きちぎろうとして身体に力が入らない事に気づく。身体中の筋肉を奪われたかのように指一本動かせない。動かせるのは眼球と、辛うじて口元だけ。
「…クス…リ、か…、」
「薬とはちょっと違うかな。盛ったのは毒酒」
「!」
「ああ、安心して。毒酒と言っても麻痺するだけだから。鬼にしか効かない特殊な酒なんだ」
グラスに注がれた透明な酒を思い出す。
「なん…で、ンなコト…、」
「解らない?ヒントはいっぱいあげたよ?」
グルグルと頭の中を掻き回す。コイツと中身のある話をしたのはひとつだけ。
「…オーク…ション…」
「正解」
馬鹿にしたようにミヤが大袈裟に拍手した。と言うことはあんなに他人事のように語ってたコイツがそのオークションとやらの首謀者なのか?
「警戒心ゼロだから声を掛けたんだけど案の定だったね」
「てめえが…オークションの…、」
「主催者ではないよ。…無関係でもないけど」
疑えと忠告してきたあのときと同じ眼差しで頭のてっぺんから足の爪先まで観察し終えたミヤがニッコリと笑った。
「で、」
ガッ、と強い力で髪を引き寄せられる。
「あの店に何しに来た?」
そうミヤが笑いながら問う。だが間近にあるその目がひとつも笑っていない。何の事を問われているのか。ミヤの片手にはクズが用意したあの黒髪のカツラが握られている。
「単なる馬鹿かと思ってたら変装してるからさ。ねえ、何を探ってたの?」
「…何も…」
「ウソつくな」
頬を殴られ身体が地面を跳ねた。どうやら痛覚はまともに機能しているらしい。鈍い痛みと口の中に鉄サビの味が広がった。最悪な事に追っ手を撒く変装が裏目に出たようだ。
「言えよ」
「…言う事なんか、ねえよ…」
「強気なのは構わないケド気をつけたほうが良いよ。オレはイイヤツなんかじゃない」
ギィと重たい扉の開く音がした。入って来た男が赤黒い何かを引きずっている。それが人間だと解るのに時間が掛かったのは顔だと認識出来るものが変形するほど腫れ上がっていたからだ。呻いているその顔をミヤが掴んで無理やり引きあげた。
「目は潰してない。見えてるだろ?コイツか?」
男と思われるソイツは消えてしまいそうな程小さな声で何か呻いた。ハッキリと発音する事は無理なのだろう。それでも男の意思はミヤに通じたようで「あ、そう。」と掴んでいた男の頭を離した。
「龍美はオレの探し人では無いみたい」
「…それ…てめえが…やったのか…?」
「ん?…あ、これ?まあね。コイツは裏切り者だから」
「…裏切り者?」
「そ」
ミヤがニッコリと笑って俺に再度近づいた。
「オレ、龍美にふたつだけウソついた。ひとつは身内に被害者はいないってコト。ふたつめはリークしたヤツを知らないと言ったコト」
ミヤの薄ら笑いが止んだ。
「この男はオレの妹を売ったんだ」
ミヤが落ちていたバケツを拾い男に投げつけた。空のバケツは男に直撃し男がまた呻く。苛立つようミヤが大きく舌打ちした。その顔は先程までの笑顔とは似ても似つかない憎しみと怒りで歪んでいる。
「殺しても良いけど…まだ聞くコトがあってね。妹の情報を買った男を探してるんだ。ソイツ、鬼らしいんだけど」
鋭い眼光がこちらを射る。
「ねえ…何であの店に来たの?」
ずりずりずり、と足を引きずるようにしてミヤが躙り寄ってくる。完全に怒りに囚われている。今のミヤに無関係を主張しても聞き入れて貰えないだろう。パトカーのサイレンのように頭の中で赤いランプが点滅していた。マズいと本能が言っている。なのに身体がピクリとも動かない。気が膨れないのだ。こんなに鬼の気を封じられるなんて一体あの酒は何なんだ。畜生、とほぞを噛む。
「ミヤ…殺すノ?」
その間の抜けるような調子の声にミヤの動きが止まった。声の主は先ほど裏切り者と呼ばれた男を引きずってきた奴だった。
「邪魔するなよ」
「殺すなら頂ダイ」
「なに、気に入ったの?」
「うン」
男が笑った。伸びきった髪で判りづらいがよく見れば左眼に眼帯をしている。異様な出で立ちだ。そして何より肩から下げてる布袋から人間の頭蓋骨が。
「店に居た理由を問い質したいんだけど」
「なら尚さら殺せないでしョ?ミヤは怒ると歯止めが効かなイ」
「…自分をまともみたいに言うなよ。お前だって人のコト言えないだろ」
しかし邪魔が入って興が削がれたのか殺すという選択は無くなったらしい。
「聞き出せるコトは全部聞き出せよ」
「解っタ。…名前ェ」
「龍美。本名か怪しいけどね」
「タツミ…龍美…たぶん本名ダ」
男が俺の名を呼ぶ。その声がまるで赤子の名前を呼ぶ母親のような愛おしさを含んでいたから背中がザワついた。ミヤもそれに気づいたのか呆れた顔をして倒れてる男の足を持ち上げた。
「あ、そ。お好きに。オレはコイツを元のところに戻しとくから。じゃあまたね、龍美」
男を引きずりながらバイバイとミヤは手を振るとそのまま隣の部屋へと消えていった。それを見送った男が笑いながら近づいてくる。逃げれる筈もない。
「あーあ。ミヤに殴られタ?」
そう言ってとうとう俺の目の前まで来た男が膝をつき優しく頬を撫でた。その不気味なほど優しい手つきに正直戸惑いを隠せない。男の手は冷たいのに何故か触られた頬が熱い。
「ミヤを許してあげテ。妹を失って悲しいんダ」
それは解る。解るがこんな事をして何の解決に……。頭がグルグルした。言いたいコトがまとまらない。整理が付かないとかでは無く頭の中がフワフワする。
「 口から血が出てル」
口端に付いた血を男がベロリと舐めた。
「!?、な…に、ンっ、」
そのまま血のあとを辿るように口内の傷を舐められる。尖った八重歯に指を当てられやや強引に開かれた口は弱まった力では閉じる事も出来ない。男の舌が傷に触れる。触れられた箇所が熱い。ジンジンする。オカシイ。サビた味の唾液を啜られ頭が白んだ。
「…はぁ、っ…、」
「…美味しいネ」
身体が変だ。男に抱きすくめられ嫌悪がある筈なのに脈を打つのが速くなる。ドクドクと血液が大きく速く流れてゆく。男はまだ笑っている。
「神便鬼毒酒は鬼には毒とナリ人には薬となルお酒。ヒトの気にあてられると毒も快楽に変わル。…特にボクみたいなののはネ」
大事な事を言われている気がするのに何も頭に残らない。苦しかった。捌け口の見あたらない熱が身体中を渦巻いている。苦しくて天井を仰げば片目が俺を見下ろしていた。男の緩んだ口元が徐々に近づく。やめろ、ダメだって突っ返したいのに出来ない。力が入らない。唇をゆっくりと舐られた。
「…気持ちいイ…やっぱり特別ダ。龍美は特ベツ」
やめろ、喋りかけるな。
後頭部に走る痺れに懐かしさを覚える。
「感謝してネ。ミヤから護ったノ。ミヤが知ったら正気を保てず殺されちゃってタ」
匂いを付けるように彼方此方に唇が落ちてくる。抗えない。されるがまま。この匂いには流されてしまう。
「ココもココもココも…いーっぱい匂ウ。上書きしなきャ。ミヤが気づく前ニ…」
上書き?上書きって何だっけ…思い出す試みは、強く首筋を吸われた事で頓挫した。
「んっ…!」
「声…抑えないデ。それとも綸の趣ミ?」
「ふっ…あ、」
「そう、イイコイイコ。綸の匂いは消しちゃおうネ。仇の匂いがしチャ、ミヤも可哀想だシ」
懐かしい匂い。熱くて甘くて思考をドロドロにするのにあったかい。
「…わた…なべ…っ、」
「んー?なぁニ?」
クラクラ、する。
「ワタナベだよォ?龍美のゆうワタナベとはチョット違うカモしれないけド」
微笑まれて抱き寄せられて口付けられたらもう男の声は届かなかった。譫言のように繰り返す名前も全部、口内を掻き回す舌の上で溶けて、
消えた。
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