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──あのさあ、礼介くん。人がいなくなるってのは、悲しいことなんだよ。
──でもいつか、元気になんなくちゃ駄目だよ。
「子供が君の代わりの相棒?」
原稿用紙を机に戻して、僕は罫に言う。雑居ビルの最上階にある探偵事務所からは、青空と、帝都の街並み、どちらもを眺めることができた。
「子供向けの小説だからな。本当は小学生にしたかったんだけど、礼介が子守り苦手って、どっかで書いちゃったからなあ」
忙しそうに筆を走らせつつ、罫は答えた。
「ふうん。ま、なんでもいいけどさ。しかし随分今回は様変わりしたね」
「ふふん。そうかい?」
「そうだろう。時代は未来のようだし、過去を語るのに、戦後だの震災だの……ええと、流行りの疫病? 物騒だなあ」
「いやあ、案外リアリティがある」
「酷いね。僕だけが生き残った探偵か?」
「そうとも。失望して、生きる意味をなくした名探偵さ」
昔から罫は文字で以て僕を虐めるが、それにしたって今回は散々だと伝えた。彼は満足げに笑っている。
「若い子の熱気にあてられて、また昇華する。カタルシス満載の冒険譚さ。最近の映画みたいだ。なかなかいい思い付きだろ」
「罫」
「うん」
「本当は君、死んでないんだろ」
途端、罫は天井を仰いで呵呵大笑した。
「おいおい、名探偵。俺はまだ物語の半分も書いてないんだぜ」
「締め切り、いつだっけ?」
「まだ余裕はある。──それより礼介、なんで気付いた?」
罫は完全に手を止めて、僕の方へ体をむけた。
「相棒が死んじゃ、話は続かないからな。今回が最終巻でもなし」
「墓まで出したのに? ううん、死に損だ」
「死んでないんだろ?」
そうだよ、と罫は口をへの字に曲げた。このあと、アッと驚く仕掛けがあるのさ。乞うご期待。
「ところで、代役の子供、なかなかいいだろ? 助手にするか?」
「倫太郎かね。さあ、高校生でも子供だからね。死体を見せるのはどうかな」
「何を言う。俺らだって高校生だったよ」
「今日日の子供は繊細なんだよ」
「そうかな。本質は変わらんと思うが。……ちょいとガキっぽく書きすぎたかな。……まあいいや。どうせこのぐらい天然じゃないと、礼介とは馴染めない」
「なんだか僕が侮辱された気がするなあ」
コツコツとヒールの音がした。只今戻りました、と彼女が部屋に入ってくる。
「おかえり。君も死んでなかったとは驚きだ」
「あらやだ、何の話?」
妻は怪訝そうな顔をして僕に近付いた。頼んでいた資料を彼女から受け取り、罫の執筆中の物語をかいつまんで話す。
「鬼川さんは生き残ってるわけね。なんだか悔しいわ」
「嫌だな、奥さん。最終的には貴方も僕も登場しますよ」
「あら、そうなの。早く書いて差し上げて。この人、孤独屋のようでいて、実際人寂しいのよ」
「重々承知ですとも」
罫は再び筆を執る。君まで僕を馬鹿にするんだなあ、と彼女の腰に手を回す。
「だってそうじゃない、貴方。私達がいなくても大丈夫?」
彼女は僕の頬を包み、じっと目を見つめる。美しい顔。
──私達がいなくても大丈夫?
「独りで大丈夫?」
──独りで大丈夫?
大丈夫なわけ、ない。
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