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「何。」
不機嫌丸出しで答えたら、まさかの返しが来た。
『美月チャンの声、聞けて良かった。元気出たよ。ありがとう。…じゃあね。』
「・ ・ ・おう。」
弾んだ気持ちを隠そうと、思いっきり渋い声で通話を締めくくってしまう宵宮だった。
『今から、電車乗る。ギリギリ間に合いそうかな??美月チャンは真っ直ぐ帰ってね。オレを待たなくていいからね??』
午後七時過ぎ。宵宮は会社前のガードレールに座り込んでいた。手の中の携帯に浮かぶ文字列は、暗記するほど何度も眺めた。もう一方の手には、とっくに飲みきってしまった空の缶コーヒーがある。待たなくて良いって言ったのに、と朝倉が返したら、休憩していただけだと答えるためだけに。
時折、携帯を、缶コーヒーを手の中でくるくる回す。回し飽きては、背後を振り返って、そばを行きかう車の列をぼんやりと眺める。
一時間近く、こんなどうしようもない時間を過ごしていた。再び携帯の画面に目を遣る。定時の少し前に届いた、朝倉からのメール。顔を上げ、小さく息をつく。
(…朝倉、間に合わないと思ってもう帰っちゃったのかな。)
もうずっと、同じことを考えている。きっとそうに違いないのに、宵宮が履いている革靴はアスファルトを踏みしめてばかりで、家に向かって進みはしない。あと十分待とう、あと五分待とう、あと少しだけ…。そんな風に、いつまでも踏ん切りがつかず、この場から動けずにいる。
携帯の画面から、光が消えた。もう一度電源を入れ、メールを眺める。ウサギから朝倉への返信は簡潔な一文だった。『了解』、のみだ。あとちょっぴり、何か付け加えればよかった。そうすれば、こんな擦り切れそうな悲しい思いを少しは軽減出来たかもしれないのに。
メールの新規作成画面を開く。
『早く来いよ。こっちはお前がいないと、寂しいんだよ。』
一文書いて、『送信』のボタンを押そうとして、人差し指が無様に震えて、結局その腕を下ろす羽目になる。二、三度繰り返して、結局そのメールごと消してしまう。
宵宮は再び、背中に視線をやる。テールランプの光が、流れ星みたいに宵闇を切り裂いて、瞬きする間に遠く見えなくなっていく。会社前から見える交差点の、頭上から輝くオレンジの灯りが禍々しく、硬くざらついているだろうアスファルトを舐めるように照らし出している。道路近辺は、まるで雑音のオーケストラだ。車の走行音、エンジン音、クラクション。信号の音に近所の犬の遠吠え…。なかなか自発的に光ってはくれない携帯を握る手元を見下ろしつつ、宵宮はこてんと頭を肩へと傾ける。…長時間、人を待っていて、身体が多少疲弊しているらしかった。
「…そろそろ帰るか。」
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