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a present(見舞い品)
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『クソッ、鳴助に逃げられちまった』
電話の向こうで八熊が苦々しげに悪態をついた。白島が様子を見に行ってからそう日が経っていない。
丁度、マフィアであるネーロ一家と話をつけた直後のことだったようだ。
「マジか…」
『ああ…あいつらの光学迷彩は厄介だな』
これといって反応の薄い白島に、八熊は訝しげに声量を落とした。
『おいシロ、まさかあいつを逃す手引きなんかしてねェだろうなァ」
「してねえよ、ちゃんと断った」
彼が大人しく捕まったままでいるはずが無いのはわかりきっていたことで、ナルはアンデゼールの重要人物であるために仲間が放って置くわけがなかった。
『逃げるって知ってて止めなかったのか!?お前なら…』
「…悪かったよ旦那、怪我はもういいのか?今から見舞いに行こうと思ってたんだが…」
『……本当か…?』
イラついていた八熊の機嫌がその一言で落ち着きを取り戻す。
『じゃあ一人で来い。オイ、あのガキは絶対置いてこいよ』
返事をして通話を切ると、途中だった食事を再開した。丁度三人で朝食を囲っていたところである。
「ということだ、ちょっと旦那のところに行ってくる」
旦那、という単語に反応したテルは空になった椀の上に箸を置いて白島を見る。
「同行する」
「いや、お前はお呼びじゃないそうだぜ…」
途端に少年の顔つきが険しく歪められる。黙ったままだが静かな怒りを露わにするテルを見て景造と白島は肩をすくめて身を縮こませた。
八熊邸の主人が篭る書斎まで赴くと、ドアの前に佇む二人の側近が中へ通した。
「邪魔するぜ」
デスクの上で書類を広げていた八熊は白島を見て頰を緩めた。ダークブラウンの髪はボサボサと乱れたままで、ワイシャツはよれている。このところ多忙だった為かいかにも疲労困憊している様子だ。
「土産、南雲さんに渡しておいたから」
扉の方を軽く指差しデスクへ近づく。容態を伺うと八熊は「問題ねェ」と頷き運び屋の周囲を見回してから机に肘をついた。その視線はテルがいない事を確認していたようだ。彼は咳払いをしておもむろに語り出す。
「例のマフィア、ネーロ一家が外資系企業としてこの国に進出してくるとかなり厄介だ…といっても既に照屋財閥が新企業として丸ごと買収されてる。久留和製薬はいずれ不老薬を量産する会社になっちまう。株価が上がれば堅気の上層部に目を付けられやすくなる…」
言いながら八熊はデスクの端に置いてあったノートパソコンの画面を白島の方へ向けた。モニターには株価のレートを示すグラフが一面に表示されている。
「久留和は元々中小企業だ。それが海外大手と組んで莫大な利益を生めば周りの企業が黙ってねえだろう」
白島は10月の半ばに執り行われたあのビジネスパーティーにいた同業者である北条を思い出した。
———きっと世界の製薬会社が羨むわ…
確か彼女はスパイとして開発責任者の傍で仕事をしていたのだ。こんな事ならばもう少し事情を聞き出しておけば良かったと、眉間を揉みながら後悔の溜息をつく。
白島の仕草をみて苦笑した八熊は軽く伸びをする。
「ま、遅かれ早かれ薬物を取り扱うウチの市場も縮小する。それを食い止める為に鳴介を交渉材料にするつもりだった。アイツが一家を潰してくれりゃあ話は早いがなァ。
…だが、それは何年先になるやら…。薬が出来るのが早ェよ。一家は新薬のおかげで勢力が拡大してるんだ。恐ろしくデカイ所だ」
「虎に翼だな」
「…それだけで済むといいがなァ」
憂いた声色はいつになく弱気だった。自信家である八熊の言動にしては少々珍しい。
「鳴介の弟についてなんだが…どうやら向こうは小僧が鳴介を始末する前に薬が切れて死ぬ、と見切ったらしい。だが放っておくわけにはいかねェそうだ…死体が薬の情報を蓄積してることになるんだと。つまり、殺して回収って事だな」
つまり、これが今回の本題でありテルを呼ばなかった理由だ。
「鳴介がダメになった以上、交渉は弟の方で先に手を打つそうだ。どうだシロ、引き渡す気はあるか」
「断る」
一瞬の迷いもなく断言したことで八熊はフッと息を吐いて笑った。
「そう言うだろうと思って小僧の事は向こうに話してねェよ」
彼は立ち上がると運び屋の前に立った。白島はそれに動じず相手を見据える。
「ここだけの話、テルはナルを狙う必要が無くなったようなんでな。それに渡したところで俺に何のメリットもねえじゃねえか」
「まあ、そうだな」と冷静に見下ろす八熊に自嘲気味に笑み返した。
「借りを返せってことか」
「物分かりがいいじゃねえか」
涼葉組の若頭であり今や大企業の社長でもある八熊を傷つけてしまった代償は、本来持ってきた土産だけで済まされる話では無い。彼は白島の顎を片手で掴み、親指で押し付けるように下唇を撫でる。ニヤニヤと歯を見せる八熊はまたしても選択を迫っていた。
己で払うか、他人を売るか。
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