アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
移動にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
移動
-
車の後部座席に押し込められた僕は、恐る恐る隣を見上げる。
昨日の帰りみたいに仏頂面な優也さん。
運転席には爽やかすぎる笑顔の橘さん。
「南野さん、急かしてしまって申し訳ありませんでした。先程の方は上司ですか?」
「はい。すみません。やりかけの仕事をお願いしていまして…」
黙ったままの優也さん
気まずい車内の空気を橘さんが笑い飛ばした。
「謝る事はないですよ。社長が気にしていたから聞いてみただけです。どんな関係な…」
「黙って運転してろ。」
低い声。
肩をすくめた橘さんを見て僕が怒鳴られた訳じゃないのに縮こまってしまう。
掴まれたままの腕に力が加えられる。
「…っ。」
痛いです。本当に。
「言ったばかりだろう。隙が多すぎる。」
凶暴な獣みたいな気配をさせて苛立った声を放つ。
本当に、怒らせてばかりだ。情けない事にどうしたら怒りが治まるのかもわからない。
聞きたい事がたくさんあったはずなのに、どれも言葉にならなくて。
小さくうなだれた僕は、じっと見られているのに気付いていたけど顔を上げられなかった。
「何で電話に出ない?」
苛立を隠そうともしない声はびりびり鼓膜を揺すってくる。
傷つきたくないから。
この人の存在を消してしまいたかったから。
自分がいらない存在だと気付きたくなかったから。
そんな事言えない。
「そんな顔してるだろうと思ってたから攫いにきたんだ。多少強引な手だけどな。」
何でこんな大袈裟な事をしでかしているのか。人事を動かしておいて多少だなんて事はないはずだ。
仕事のできる優秀な男。そう言われている人がこんな権力の使い方してもいいんだろうか。
黙り込んだ僕の腕ごと抱き寄せられて、ぎょっとする。
後部座席とはいえ、運転席から丸見えの距離だろう。
「ちょ、優也さ、」
顔を寄せてくるのを全力で拒む。
耳に吐息があたって力が抜けそうになるけど右手は腕ごと掴まれているから、左手で優也さんの唇を塞いで遠ざける。
全力で押し返した左手はあっさり外されて優也さんが口を開く。
「怒ってるのか?昨日は俺も悪かった。」
あきらめたのか肩を抱いたままではあったけど、押し倒されそうな体勢からは解放された。
ほっとしたのと同時に運転席をチラリと見ると、何事もないように車を走らせていた。
「奏介は秘書じゃない。俺の家族みたいなもんだ。気にするな。」
僕の視線に気付いたのか、優也さんが笑うように話す。
気にするなって言ったって…
「お前、さっきから他の男ばっかり見てるな。いい加減、こっち向け。」
肩に回された腕に力がこもる。
男ばっかり見てるなんて、酷い誤解だ。
異論を唱えようと、しぶしぶ優也さんに向き合って、そして…
目を合わせた事を激しく後悔した。
真っ直ぐ見下ろしているその瞳には熱がこめられていて。
それが自分に向けられていると思うと、血が逆流したみたいに息が詰まってくる。
酸素が足りない魚みたいに口を開いて、空気を取り込もうとするけど、何かが詰まって、うまくいかない。
「お前、会社辞めろ。あそこじゃなきゃ出来ない仕事なんてない。」
目を細めて僕を見ながら、あっさりそう言った。
やっぱりクビなのか。
異論を唱える事も叶わないまま。
そうわかった瞬間、腹が立ってきた。
「…んで、なんで僕にかまうんですか。こんな回りくどい事しなくても誰にも話したりしません。それでもクビだと言うなら、せめて次の仕事をみつけるまで待ってください。」
勢いよく言ったから息が切れそう。涙が出そうで俯いた視界がぼやける。
「違う。そうじゃない。首にしたいから呼んだんじゃない」
苦々しい声を出した優也さんが背中を包むみたいにして抱き寄せる。こぼれた涙がスーツに吸い込まれて行くのが見えた。
「俺の所にくるんだ。いや、きてください。」
意外な言葉に顔を上げる。
「着きましたよ。”家族みたいなもの”から忠告しますけど、その言い方じゃあどんな優秀な人間も理解できません。優也さまからもう少しきちんと説明してから上がってきてくださいよね。」
「わかってる。」
ぶっきらぼうに答えた優也さんをチラリと見て橘さんは、さっさと車から降りて行った。
静まり返った車内。駐車場に止めたんだろう。
俺のところ?仕事をくれるって話?
それじゃあ一緒に働けるって意味?
忘れなくてもいいって事?
周りが薄暗くて、油断して涙がこぼれていく。
悲しい訳でもないのにどうしてこんなに涙が出るのか不思議なくらい。
「愁が泣くと、どうしたらいいか本当にわからなくなるんだ。」
優也さんがそう言うと、目尻に唇が当たった。
その唇に涙が吸い込まれていく。
「情けないだろ」
自嘲気味に笑った優也さんに見下ろされていて体中がカーッと熱くなった。
…
いい年をして涙の制御もできない自分の方がよっぽど情けない。
何かもう、駄目みたいだ。
ずっと我慢していた何かが外れるような音がして気持ちが溢れてくる。
これまでに抱いた事のない優しい気持ち。
これが何かはわからないけど、たった1つだけわかる事。
どうしても、どうしても
この人が欲しいです。
アヤさんごめんなさい。
浮気だとか釣り合わないとか、どうでもよくて。
クビだろうとそうでなかろうと、この人の側にいたい。
それだけでいい。それだけでいいから。
それ以上望まないから。
我慢できなくなって自分から腕をまわして、その唇に噛みついていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
33 / 155