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俺だけが知っていればいいことにしおりをはさみました!
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俺だけが知っていればいいこと
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「やめて欲しいんだけど。」
牧野は、直ぐにそう答えていた。俺はというと、予想外の言葉に固まってしまう。
「俺と金輪際関わりを持つな。」
そうとだけ伝えて、彼は食べている途中だというのに食堂を出た。行くあてなどないくせに。
「あーあ、またやっちゃったや。今度こそ嫌われたかもな。」
他の生徒なんて、牧野が立ち去ってゆくのに見向きもしない。最初から興味もないような態度。まるで、アイツを空気のように扱う生徒を見て、虚しくなる。
知ってるか?
アイツの微笑みは、暖かいんだ。
知ってるか?
アイツは本当は、優しいやつなんだ。
俺だけが知っていること。俺だけが知っていればいいこと。
それなのに、何故かイラついてしまう。
*
「どうした? 日坂。」
「アイツ。」
「ああ、牧野?」
「うん。アイツさっきから誰とも話してないなって思ってさ。」
二年生になって初めて、俺は牧野と同じクラスになった。最初は牧野のことは知らなかったし、誰とも話そうとしない暗い奴だなとしか思っていなかった。俺はどちらかというと浅く広く友達をつくる方なので新しいクラスでもそれなりに楽しく暮らしていけた。だからなのかもしれない。俺とは正反対に誰とも関わろうとしないそいつが、ある日突然気になりだしたんだ。俺の後ろの席のやつと話していた時に、牧野の話になる。
「日坂と牧野って、真逆だよな。」
「え?」
「牧野って誰とも関わろうとしないんだよ。挨拶をしても無視。オタクって説も出てるけど、見てる感じ本しか読んでないから、どっちかというとガリ勉くんかな。」
「へえ。そうなんだ。」
その時も、牧野はずっと本を読んでいた。
前髪で顔は見えない。
真逆って言われたら、そうなのかもしれない。そんなことを言われると意識をしてしまって、牧野に興味が湧いてしまう。
「もしかして、牧野と友達になろうとか考えてる?」
ニヤついた顔で後ろの席の奴がそう言った。
「ダメなのか?」
俺がそう答えると、笑われた。
何がそんなにおかしい?
後ろの奴が笑う意味が分からない。
そんなことがあったあと、俺は自然と牧野を目で追うようになった。けれども、牧野を見ればいつだって本を読んでいた。否、本しか読んでいない。それ以外には何もしていない。たった一つだけわかったのは、昼食は必ず食堂で食べるということだけだ。しかも、いつも一人でご飯を食べている。そして不思議なことに、ご飯を食べる時には本を読もうとしない。食べ方もすごく綺麗だ。お箸の持ち方も綺麗で、すごいなと感心した。
ある日、俺は牧野が家へと帰る姿を後ろから追っていた。帰るときはどこかに寄ったりするのだろうかと気になり、軽い気持ちで尾行していたのだ。
「あ。」
牧野が歩いている向かい側から、小学生くらいの男の子が走ってやって来ていた。牧野はそれに気づいて避けようとしたが、男の子は気づいていなくて牧野に追突して前から転倒してしまった。運悪く膝を擦りむいてしまったらしい。男の子は泣き出した。
俺は牧野がどうするのか知りたくて、ただ少し離れたところからその様子を伺っていた。
「大丈夫かい?」
片膝をついて男の子に手を差し伸べる牧野。仕草が一々綺麗でどこかの貴族のようだ。
「痛い。」
男の子は涙目で擦りむけた膝を見つめている。
「そうか、ごめん。お兄さんは今、絆創膏を持っていないから、これで許してくれるかな?」
そう言って優しく微笑みながら男の子の膝にハンカチを巻いた。男の子は鮮やかに巻かれるハンカチをじっと見ていた。
「痛いの、飛んでった?」
「う、うん。まだ痛いけど、頑張る。」
「そうか。偉いね。」
微笑みながら男の子の頭を撫でた牧野は、男の子をすっと立ち上がらせた後に自分も立ち上がった。
「じゃ、またね。家に帰ったら、消毒してもらうんだよ?」
「うん! お兄さんありがとう!」
男の子はそう言って、元来た道へと元気に走り去っていってしまった。牧野はそれを見届けたあとにゆっくりと歩き出した。
牧野って、優しいんだな。
あんな顔で微笑むんだな。
その日以来、尾行はやめて君と直接話すようになった。
君からは、目が離せない。
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