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098 希望にしおりをはさみました!
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098 希望
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太陽が昇ると、部屋の中にいても猛烈な暑さが体を苛み始める。
「暑くない……?」
顔色一つ変えずに楽しそうに話すエダを遮り、そう質問する。
でもエダは首をかしげ、「これが普通だよ」と答えるだけだった。
「そっか……」
これが、本来この国での普通なのだ。
城での生活では暑さを感じる事はなかった。建物の仕組みか、妖術かはわからない。
あそこの生活は、多分僕が想像している以上に恵まれていたものだったのだ。
だから、この状況を悲観するようなことは決してしない。
(我慢、しなくちゃだ。今まで楽な思いしてきたんだから……)
そう自分に言い聞かせ、必死に暑さをこらえる。
――――額を汗が伝う。
(あんまり長く、ここにもいられないな……)
この国に適用できず、途方にくれる。
この国で、僕が住みやすい気候の地はあるのだろうか……。
「あんた大丈夫かい? ずいぶん顔色が悪いみたいだけど……」
忙しなく動くケイトが、心配そうに僕の顔を覗きこむ。
ケイトは鞄に似たようなものに、色々と荷物を入れている。恐らくは旅支度なのだろう。
「大丈夫です……」
そう微笑んでみせるが、思っていた以上に喉の渇きが酷かった。
それでも、最初にこの世界に来た時ほどでない。
あの時は炎天下の灼熱の太陽に晒されていて、今思い出しても本当に辛かった。
今も強い渇きはあるけれど、今回のように室内にいれば、多少なりともマシであった。
「やっぱり、何か食べたほうがいいんじゃないかい?」
そう言って食料が入っているであろう袋に向かうケイトを慌てて制止する。
どうせ食べても吐き出してしまう。元は生命のあったものだからこそ、無駄にしてはいけない。
それは何としてでも避けたいことだった。
「大丈夫! 大丈夫です……!」
そう強く否定する。
心配そうにするケイトの顔が歪む。
「そういかい……悪いが、これから少し外に出なくちゃいけない用事があるんだ。本当に大丈夫かい?」
申し訳なさそうに言うケイトの憂いを察する。
自宅に具合の悪い人間を置いていくのは、確かに不安なことだろう。
「大丈夫です。エダも一緒に連れて行きますか?」
確認するとケイトは首を振る。
「外は……廃れているから、できるだけエダは連れて行きたくない……」
「そ……う、なんですか……」
外の街が、廃れている……? それは一体どういうことなのだろうか。
「それに、今回の城からのお達しは……あまり良くない予感がするんだ……」
「……っ」
(城からの、お達し……)
その言葉を聞いて、思わず息を飲む。
(探してる……? 指名手配……?)
僕にそこまでする価値なんてあるのだろうか?
(でも……水神ならば……)
ここでは全て、水神が中心に回っているのだ。
(――――皆んな、水神のことばかり……)
会う人全てか、僕を水神として見てきていた。
それは、僕が水神の存在を知る前から、ずっとだった。
でも、この母娘は違う。
この母娘だけは違うのだ……。
「エダ、坊やのことを頼んだよ。万が一、坊やの体調が悪くなるようだったら……」
困った顔をして、一瞬ケイトは固まる。
「……あいつらに見つからないように、私に知らせにおいで。広場にいるから」
そういう彼女の顔は不安でいっぱいだった。
この母娘に迷惑をかけるわけにはいかない。
だからなんとしても、気丈に振る舞わなければならないだろう。
「すみません、ケイトさん。僕は大丈夫ですから、どうぞ行ってきてください……」
彼女は心配そうな視線をもう一度僕に向ける。
エダも、不安そうな目で僕を見ていた。
母親が出て行った扉を、エダはじっと見つめている。
具合の悪い客人を任された幼いエダの心情を考えると、本当に可哀想になる。
(何か話さなくちゃ……)
不安を取り除くためにも、何か話をしていたほうがいいだろう。
「反国王派の人たちは、この近くにいるの?」
そう質問すると、エダは顔を顰めて答える。
「そうなの。実はね……うちのお向いさんにアジトがあるのよ……」
こっそりと、秘密を打ち明けるように少女が告げる。
「お、お向い……って……」
「イズミお兄ちゃんが倒れていたのが、このお家の前なのよ」
(それって、もしかしなくても…この家自体も危ないんじゃ……)
知らなかったとはいえ、とんでもない所に迷い込んでしまったようだ。
「怖く、ないの……?」
彼女たちはこの家に住んでいても大丈夫なのだろうか。
彼らのことはよく知らないけれど、壁を壊し、武器を持って襲いかかってくるイメージが強かった。
「とぉっても怖いわ!」
エダは身振り手振りをつけ、大袈裟に怖がる。
「あいつら、妖獣だって殺しちゃうし、食べちゃうんだからっ」
「うぇ……」
それを聞いて、シトが心配になる。珍しい妖獣だから、奴らに見つかったら何をされるかわからない。
「すっごく怖いけど……でもね、お家はここしかないし……」
(ああ、そうか……)
悲しそうにエダは顔を下げてしまう。
(向こうの世界は、平和だったから……)
こんな危険な状態と隣り合わせで生きている子もいるのだ。
自分には、配慮が足りない。 危険なのはエダだって、母親だってわかっているのだ。
「でもね、大丈夫なんだよ!」
目をキラキラとさせたエダは告げる。
僕が聞きたくなかったこと――――「この国にはね、水神様がいるんだもの! !」と。
希望たっぷりの瞳の少女。
その目はあまりにも曇りなくて、そして残酷だった。
「……水……神……?」
暑さは変わらないのに、スッと体が冷えるような、そんな感覚に陥る。
「明日の夜ね、水神様がお披露目になるの。エダも街の人と城まで見に行くのよ!」
そう告げる少女は嬉しそうなのに、どこか悲しみに満ちていた。
「そうすればね、王様が強くなるから、反王国派の人を、みんなやっつけてくれるの! きっとよ!」
「………」
「……そうしたら、その中にはお父さんを殺した悪い奴らもいると思うんだ……」
――――言葉が、出なかった。
その後も、エダは続けた。
水神によって齎される数々の希望。
雨が降る。植物が実る。暑さが和らぐ。国が豊かになる。
そして、乾燥した大地に蔓延る疫病――――。
この街は疫病に苛まれているらしい。
城下街の人々は豊かで医療は充実してるけれども、郊外に行けば行くほど、疫病は蔓延しているのだ。
水神の存在の重要性……そんなの、知らなかった。
いや、言葉では聴いていたのかもしれない。
けれど、自分には関係ないと……あえて耳を傾けなかった。
僕に聞く姿勢がないから、皆んなも敢えてそれ以上は話そうとしなかった。
でも、こんなに希望に満ち溢れているなど……こんなに待ち望んでいる人たちがいるなどと……そんなことは真剣に考えなかった。
(僕は、なんてことを……)
目の前で語るエダの言葉は、もう耳には入ってこない。
(どうして、最初にもっと強く否定しておかなかったんだろう……)
暑さだけではない、後悔と不安で目眩が強くなる。
「イズミお兄ちゃん?」
エダの不安そうな声が聞こえる。
(迷惑をかけるわけには……いかないのに……)
朦朧とする意識を必死に繋ぎとめるけれど……。
(エダ……ごめん…………)
しかしそれも無謀なこと……。
意識の闇に、あっという間に引きづり込まれていく。
(ごめん……ハリル……)
彼も……、エダと同じような希望を僕に抱いていたのだろうか。
(ごめんなさい……)
意識が完全に落ちる寸前まで、彼のことが頭から離れなかった。
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