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「あっつ……ほんま暑い。暑すぎて溶けるかもしれん」
大学にある小さな広場。その木陰に腰を下ろし、熱された芝生を肌に感じながら幸が唸る。
「幸、うるさい」
「そんなこと言うてな!こんな真夏に外で飯食うなんて、正気ちゃうって!!食堂が無理ならカフェとか、せめてどこかの空き部屋とか……」
「万が一にでも歩と遭遇したらどうするんだよ。あいつは外で食べるなんて絶対にしないし、安全なのはここしかない」
「せやけど。せやけどやなぁ」
文句を言いながらも離れて行こうとしない幸は、服の襟元を広げながら口を尖らせる。
わざわざ夜の仕事を休んだくせに、なぜか毛玉モードじゃない姿が不思議で見つめていると、視線が合った。
「なした?」
幸の口から出た言葉の意味を俺は知らない。
「ナシタ?誰それ?」
「どないしたって意味。めっちゃ見つめてくるやん」
いつもより覇気が少ないながらも、冗談めかした幸が言う。その額に汗が滲んでいて、コンビニでもらったおしぼりを渡してやった。
「今日は仕事休みなのに、なんで変装してんの?」
「変装って。言っとくけどな、こっちが素やから。あのモジャ頭を維持すんのって、めっちゃ苦労するんやで」
「そんなこと聞いてねぇよ」
呆れながら返し、念の為に周囲を見回す。見慣れた金髪がいないことを確認して、それから幸を見ると妙にニヤニヤしていた。
「なに、気持ち悪いな」
「ひっど。せっかくウサマルの為にオシャレしてきたのに」
「は?俺の為?」
「だってウサマルってメンクイやろ。歩といい、リカちゃんといい顔の良いやつに弱いやん」
言われてから理解するのに数秒。理解してから反応するのに数秒。少しだけ時間が止まって、一気に爆発する。
「違う!!俺はメンクイじゃねぇ!」
「またまた。前々からリカちゃんのこと美人やって自慢してたし、顔が好きってよく言っとったやん」
「それはリカちゃんだからで……っ、お前と歩がどんな顔してるかなんて興味ねぇよ!」
言い捨てて顔を背けると、すぐ傍で幸が笑っている声がする。その笑い声はやけに大きくて、腹が立って頭を叩く。大げさに痛がる仕草がさらに苛々させるけど、顔に皺を刻んで笑うのを見ていると、怒っていることがバカらしく思えた。
「幸はさ、俺が幸の中にリカちゃんを見てるって言ったけど、お前とリカちゃん全然似てない。リカちゃんはそうやってバカみたいな笑い方しないし、笑った時も綺麗だ」
「それ、さりげなく俺の悪口言ってへん?」
「それにリカちゃんなら、どんな格好していてもどんな髪型でも絶対に美人だし」
「もう全然さりげなくと違うで。しっかりと悪口言ってるやん」
リカちゃんなら芝生に直に座ったりしない。こうして炎天下にいるなんて想像つかないし、暑いって文句言う姿も似合わないし、そもそも汗をかくのかさえ怪しい。
まあ、それは言い過ぎだけど。けれど、それだけリカちゃんと幸は違うんだって、今になればしみじみわかる。
「あの時の俺、なんで幸みたいになれなんて言っちゃったんだろ」
「またそれ?何回同じこと言ってんねん」
「今考えたらわかるのに。ああもう……過去に戻りたい。戻って、それだけは絶対に言っちゃ駄目だって教えてやりたい」
「無理やな。言ったところで過去のウサマルが素直に聞くと思えんし、そもそも過去に戻れるなら俺だって戻りたいわ」
「幸が急に冷たくなった……」
昨日から幸の言葉に棘が混ざっている気がする。今までの何でも受け入れてくれる幸から、受け入れるけど言い返してくる幸に変わった気がする。
それは俺の気のせいじゃないようで、幸自身も自覚があるみたいだ。その証拠に冷たくなったと言った俺に対し、笑顔で頷く。
「ただ甘やかしてるだけやったら、誰にでもできるやろ。俺は俺にしかできへん事をすんねん」
「幸にできる事ってなに?」
「それを言ってもたら面白くないやん」
嫌味な笑い方をした幸が空を仰ぐ。太陽の光を浴びた赤い髪はキラキラと輝いていて、目が痛い。それは、直視したら頭がおかしくなりそうなほど、眩しすぎた。
「面白さなんていらない。そんなのいらないから、早く……」
早く、の続きがわかっている幸は何も言わない。先を促すことなく笑っていて、その手がゆっくりと伸びてくる。
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