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喪われた記憶 4
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俺の問に一瞬大きく見開かれた黒猫の目は、動揺の色を隠しきれていない。やっぱりコイツは俺じゃなくて飛鳥に会いに来てんだろうと、そう俺が思いかけた時だった。
「飛鳥さんとはそんな関係じゃありません。なんでそんな事言うんですか!?オレはっ、オレは……ッ」
零れ落ちた涙は頬を伝い、苦しそうに声を漏らす黒猫は必死で息を吸っているように見える。でも、どうしてここまで強く否定するのかが俺には分からない。
「なんでって、あの絶倫クソ兄貴なら男抱いてても不思議じゃねぇーからだよ。お前もなんかソレっぽいし、飛鳥が好きだから俺の傍にいんだろ?」
「違うっ!!オレは…ゆきっ、が、はぁっ…す………だもんッ!!」
黒猫が泣きじゃくって、何を言ってるのか聞き取ってやる事が出来ない。とりあえず分かるのは、黒猫が好きな相手は飛鳥じゃねぇーって事だけだ。
ヒクッとしゃくりあげ息をするのがやっとの黒猫に、とどめを刺してやるなら今だと思った。必死で胸の痛みに気づかないフリをして、俺が言った一言は自分自身に突き刺さる。
「泣くんじゃねぇー、目障りなんだよ。さっさと消えろ、クソガキが」
もうこれ以上、こんなに辛そうな黒猫の姿は見たくない。ただ、その原因が飛鳥ではなく俺だとするなら、とことん傷付けてやるから……だから今のうちに逃げて欲しい。
俺がお前に触れるより先に。
引き返せなくなるその前に。
もう2度と、俺なんかに構わなくて済むように。
「う……っ、ぐすっ…はぁ……」
止まる事のない涙を流しながら、黒猫は無言のままフラフラと立ち上がり飛鳥のジャケットを汚さないようソファーにそっと置いて……そのまま病室を出て行った。
きっと明日は来ないだろう。
次の日も、その次の日も。
これがアイツとの最後の別れかと思うと、どうしようもなく苦しくて。俺の頬を伝った生温かい液体は、アイツが流したものと同じだった。
「はぁ……だっせぇー」
囚人のように手首に巻かれた患者ナンバーが、俺の邪魔をする。結局、最後まで聞くことの出来なかったアイツの名はなんだろう。
静まり返る部屋の中、この病室で過ごした数ヶ月。
黒猫がいなくなって気がついたんだ。
アイツにだけ感じていた胸の痛みの正体はきっと、恋とか愛とかそんなもんだったんだろうと。
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