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素晴らしき日常12
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(葵語り)
それから、ショーは後半に入った。雅さんは幕間のほんの僅かな時間を利用して、俺たちへ会いに来てくれたらしく、忙しなく舞台裏に戻って行った。
次は椅子ではなく、立って縛られた後、吊るされていた。さっきの緊縛に付いた紐の跡が痛々しく、そしてエロティックに食い込んで見えた。
割れんばかりの拍手に包まれて、圧巻の緊縛ショーが終了した。
名残惜しそうに、なかなか帰ろうとしない島田を引きずるようにして会場を出る。轟さんからは敵とみなされたらしく、刺さるような彼の視線が痛くて怖かった。
俺たちは轟さんに何もしていないけど、ファンを怒らせると恐ろしいのはどこの世界でも同じだ。逃げるように帰る。
寒空の下、外に出た。
冷んやりとした冬の空気が現実へ引き戻してくれるようだった。上気した頰からゆっくりと熱が引いていく。
ふと空を見上げると、星が瞬いていた。無性に人が恋しくなり先生を想う。雅さんの緊縛ショーは切なくもあり、見ている者へ悲しげな美しさを訴えていた。
あったかさが欲しいな……
「マリちゃん……葵君、待って。」
歩き出したところで声を掛けられた。振り返るとミントグリーンのロングカーディガンを素肌に羽織っただけの雅さんが立っている。白い肌が見るからに寒そうだ。異世界から来た妖精みたいで、汚い裏路地には似つかわしくない姿だった。
「雅さん……」
「今日は来てくれてありがとう。はい、これお土産。家に帰ってからも時々思い出して欲しいな。そしてまた会いにきてね。」
そして俺と島田に写真集を手渡した。
ずっしりと重いそれは、始まる前に轟さんが見せてくれたものと同じだった。
幸いなことに轟さんの気配は側に無かった。
「一応、俺のサイン入り。今度は恋人も連れて来てよ。是非俺にも紹介してね。」
「雅さん、ありがとう。また会いに行くね。」
「雅さん。ありがとうございました。」
軽く頭を下げると、再び淡い花弁の濃い匂いがした。冷気に混ざると、まるで冬に咲く一輪の花のようで、雅さんが更に近づいて来たことを鼻孔が感じていた。カーディガンの裾がひらひらと揺れる。
ゆっくりと顔を上げると、雅さんが俺に唇を重ねてきた。温かく柔らかな感触が広がる。咄嗟のことに反応ができなくて、ただ驚くだけの自分がいた。
不快では無かった。
「ふふふ。これも俺からのお礼。葵君もまた来てね。君なら見るより見られる側でもいけるかも。」
「みやびさんっ、ズルい。僕にもキスしてよ。さようならのキスを頂戴。ねえ、ねえ。僕も欲しい。ちゅーして。」
「はいはい。わかったから。マリちゃんもね。静かにして、口閉じて。」
島田とキスを重ねる雅さんをぼんやりと眺めながら、思いがけなく貰ったお礼に、顔が赤くなるのを隠せなかった。
わぁぁぁ、キスしちゃった。
こうして、俺と島田の緊縛ショー初体験は終わった。
その後、産気づいた睦月さんから連絡があり、島田は慌てて駅前からタクシーに乗って産院へ向かった。父親でもないのに出産に立ち会うらしい。日常に引き戻され、突然行動が機敏になったので、そのギャップに笑った。さっきまで『雅さん、雅さん』と目をハートマークにして気持ち悪いくらいに狂っていた人には思えなかったからだ。
島田を見送り、写真集『Secret Love』を大事に抱えて俺は駅裏へ向かう。
視線の先には、先生の黒い車があった。
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