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しかけ
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矢代と3年ぶりに接触した数日後、俺は矢代にあることを仕掛けてみようと思い立った。
矢代のあの疑惑ーーー同性愛が事実であるのか、試してみようと思ったのだ。
自分でも気の迷いだと思う。それほどあの時の自分は混乱していたのだ。
俺は3年間、矢代との平行を守ってきた。だがそれは今回の矢代との接触が、復讐心への着火の役目を担ってしまったために、崩壊してしまった。
きっと自分の知らないところでは、矢代に報復したかったのだと思う。
見ないようにしていただけで。
しばらく様子を窺った後、俺は行動に移った。学校からの帰宅後、少々賭けまがいであるが、クラスのチャットグループから矢代個人へとコンタクトをとり、メッセージを送ったのだ。
『明日の放課後、裏庭の準備室に来て。話がある』
そう送信した数時間後。
『わかった』
案の定と言えば案の定、なのだが、想像以上に矢代の返答は素直なものだった。
本当に準備室に現れるのか半信半疑ではあったが、先に約束場所に到着していたのは矢代のほうだった。俺は後ろ手に、密かに扉の鍵を閉めた。
話というのは何なのか、といった疑問と戸惑いを含んだ表情で矢代が見つめてくる。この時、俺は内心驚いていた。
これもまた俺の偏見かもしれないが、以前から、不良には不良特有の共通した空気があるように感じていた。その鋭い顔つきに作られた殺伐とした気迫が、本人の色のついた感情までも殺しているような気がしたのだ。
同じく矢代も、高校に入ってから感情的な表情が失せたように見えた。そんな不良が、こうして感情を顔全面にだだ漏れさせていることに、おかしさまで抱いてしまう。そのまま静かに矢代の視線を捕らえて口を開く。
「この間の、なんなの」
「あ、あれはお前の見間違いで…!」
「ちげーよ鈴谷の話」
「あっ…、…っ」
わざと話題を外し、露骨にイラついた声で話して、手始めに翻弄してみる。墓穴を掘らされた矢代は顔を赤らめて口をつぐんだ。
「軽口だったら…っていうか、真面目に言われても、今更受け付ける気、一切無いけど」
「…っ」
「当たり前だろうが、あんなことしといて口で謝罪したって許されるわけねぇだろ」
矢代は気まずそうに視線を落として黙ったままだ。眼鏡を指で直す素振りを見せる。
「…で? 俺の見間違いなの? アレは」
「…っと、それ、は…っ」
「はっきり言えよ」
脅すように低く吐くと、矢代は先ほどより一段と顔を赤くして、絞り出すように小さく言った。
「…見間違いじゃ、…ねーよ…っ」
少しの間考えるフリをして、頭の中で組み立てていた武器を表に出し、徐々に攻撃する。
「じゃあなんでああなってたの」
「…っ」
「早く言って」
「言えるかよ…!」
「…じゃあ俺から聞く。 お前って男に興奮すんの?」
矢代の青ざめた顔が一気に赤く染まった。やはり、疑惑はただの疑惑でなかったのだ。それを明確だと知らせるには十分なほどに、矢代は羞恥の色を顔一面に発現させていたが、それと同時に恐怖しているようだった。
自分のプライベートな件を他人に知られるのだから当然だ。矢代の性的指向に理解を示すためではないが、自分の考えは言うことにした。
「偏見とかは別にないけど」
矢代がパッと顔を上げた。俺の口から飛び出したには意外な言葉だったらしく、矢代はその吊り気味の目をぱっちりと開いた。よほど驚いたのだろう、先ほど漏れ出ていた羞恥の色は消し飛んでいた。
「…なん、で…」
「…なんで、って…別に、男が男を好きでも気持ち悪いとか思わない…つーか、それで冷やかしたりとか、もう時代遅れだと思うんだけど。 少なくとも、俺はそういうので引いたりしない」
矢代は度肝を抜かれたような顔で、口を半開きにしたまま棒立ちになっていた。その間抜けな表情のまま、矢代が呟く。
「…からかわねーの?」
「別に」
「…キモいとか、思わねぇの…?」
「しつこい」
俺の冷たい声に怯んで口をつぐんだが、しばらくすると、今にも泣きそうな震えた声が聞こえてきた。
「……なんで、そんな、周りと違うんだよ…」
「は…?」
「…オレでも、なんでか、わかんねーんだよ…お前だけなんだよ…っ」
気づけば矢代は俯いて、薄く骨ばった白い手を硬く握りしめていた。矢代の言葉の意味がよく飲み込めなかったが、その染められた前髪に目元が隠れ、表情がうかがえなかった。
次の言葉を待っていると、矢代がまた声を震わせながらため息混じりに吐き出した。
「…男が、好きってわけじゃ、ない…っ オレは…っ」
黙って矢代を見ていた。その時、何か決意したように、更に強く手が握りしめられた。
矢代が、拙く酸素を吸い込んだ。
「オレは、お前だけが、好きなんだよ…っ!」
戸惑った。
また、自分の全てを止められた気がした。
だが今回は矢代と数年ぶりに接触した時の、様々な感情がぶつかり合って起きた衝撃とはまた違う。
自分の内側も、世界も、全てが白になるような、そんな衝撃だった。
正常な色を失った俺とは対照的に、矢代はより一層顔を赤くしていた。合致してしまった予想と現実に目眩がする。
やはり、そうだったのだ。
矢代は俺が、好きだったのだ。
なんとなく、薄々感じてはいたことだが、本当に事実であるというのを改めて突きつけられると、どうしても人は受け止め切れなくなるらしい。 半ば放心状態でいると、矢代は勝手に心の内をぼろぼろと零し始めた。
「オレでも…なんで、男のお前が好きなのかわかんない…し、普段つるんでる奴には、恋愛的な興味とか、湧かないのに…っ
でも、お前だけなんだ…っ 好きで…、中2の時から、ずっと…っ 今までのことは、全部…っ お前が好きで、しちゃったことで…っ 水野にした嫌がらせも、鈴谷をいじめたのも…。
でも…今、すごく後悔してて…あの頃の自分を、殺してやりたいと思ってるぐらいで…っ 」
矢代の長い長い告白の最後のほうは、正直頭に入ってこなかった。それは衝撃のためではない。
今後俺は敵である矢代にどう仕掛けるべきなのか、脳内で葛藤していたからだ。
数年前の、中2の時からずっと、
矢代は同性であるはずの俺を恋愛対象として見ていた
ずっと不透明だったいじめの動機は、
矢代が俺に抱いていた好意からだった
日頃矢代の周囲にいるのは生憎、セクシャルマイノリティに理解を示すような人間ではない。俺が言いふらせば、矢代の居場所が無くなることは確実だった。
これは完全な弱味だ。
俺の中に、この弱味を利用しないという選択肢はない。ただ、真っ先に思い浮かんだ攻撃法を、本当に実行していいのか、俺はなぜか躊躇していた。
あの時、縛られて動けなかった狼は、
あの日、体の中に仕舞い込んだ狼は、
今再び体を疼かせて、
目の前の衰弱した天敵に噛みつこうか迷っている
それは鈴谷のいじめの現場に遭遇したあの時、衝動的に暴れるのを踏みとどまったからなのだろうか。
ふと、鈴谷の姿が浮かんだ。
あの優しく煌めく声と笑顔は、もうない。
そうしたのは、この矢代なのだ。
そう再認識したら、一気に加虐心が蘇った。ぎらりと、狼の瞳に、異様な光が灯る。目や手足など、相手に飛びかかる準備は出来上がっている。なのに、まだ頭のほうでは、戸惑いを捨て切れていなかった。
やり返すのは幼稚なんじゃなかったのか? 3年前の自分。
今日もあの時と同じように、大人しく流していれば、嫌いで嫌いで仕方ない矢代と関わらずに済むんだぞ?
弱味を握って攻撃するのは、大嫌いな矢代と同じだよ?
…それでも。
疑惑が事実であるのなら。
もう、行うことは決まっていただろう、今の自分。
指で眼鏡を押さえた。薄暗闇の中で、銀色のフレームに嫌らしく光が走る。俺の中の狼は猟奇的な空気を纏って、宿った肉体を鮮やかに動かした。ためらいは、もうない。
矢代を苦しめられるなら、程度の低い矢代と同等な価値の人間で構わない。
鈴谷と同じ痛みを与えられるなら、いくら幼稚でも構わない。
鈴谷を守れなかった罪滅ぼしとなるなら、俺は。
どこまでも堕ちて汚れよう。
だから今度は俺の番。
俺は矢代を突き倒した。
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