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トラ先生慄く⑥
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「あ?クソッ!」
本日の稽古が終わり、帰り支度をしていると隣で荷物を整えていた梶本君が、スマートフォンの画面を見ながら短く悪態をつく。
「どうしたの?」
ぼくが手を止めて梶本君に向き直ると、整った細面の眉間に深いシワを寄せて、物凄く不機嫌な顔でスマートフォンを操作しながら短くこたえる。
「クソ女が汚ねえ菌撒き散らしてきやがった。」
ぼくは意味がわからないので、そのまま梶本君の様子を眺めていると
「わからなくていい。」
操作を終えて顔をこちらに向けた梶本君は、心底うんざりした表情で首を振る。
ぼくは墨人君から聞かされた梶本君の内情話を思い浮かべる。
「あいつの家に限ったことでは無いが、いわゆる襲名準備の一つで売名行為が激しくなりはじめたんだよ。襲名の数年前から世間に名を広める為に様々な手段を取る。…本人の意志は関係なく、プライベートも利用することも常だしな。」
梶本君はここ数年でTV出演などの露出が急激に増えたらしい。
今回のぼくの稽古依頼もその関係のようで
「まず深夜枠のドラマにシャドー出演させて存在感を残して、その後ゴールデン枠のドラマや映画にぼんぼん出演させるんだよ。主演を張らせずに好感度の高い脇役でイメージアップを図る。」
「すごいね。そんなに前から準備するんだね。」
この業界では至って当たり前の恒例行事のようなものだ、と墨人君は言う。
「芸能人は名が売れなければやっていけない。だから名を売る行為は当然の活動範疇で間違ってはいない。だが、残念ながらやり方が汚い場合がかなり多い。ゴシップから情報操作まですべてな。」
あいつは諦めて開き直ってはいるが、自分のプライドは捨てていないと墨人君は続ける。
「そして、深く傷ついている…」
「まぁな。」
ぼくが問うと訳知り顔で頷く。
まだ正式な発表も公表もされていないけれど、梶本君は幕末を題材にした漫画が原作の映画の出演が決まっていて、撮影に入る前に本格的な剣術の稽古が始まるらしい。
「その稽古の前に基礎を人知れず体得しておくと…」
「ああ、中身がからっぽのお坊ちゃまのレッテルだけは我慢ができないみたいだからな。」
行動がある程度見張られて管理されてしまっているらしくて、じつは梶本君の稽古は学校内の武道場で行っているのだ。
こういう時学校というのは便利なもので、かなり高額な学費を払っているだけあってそれ相応に学校側が守ってくれるものも徹底している。
とくに部外者に関しては。なのでマスコミやその他の媒体が簡単に侵入できない、鉄壁のそれこそ要塞並の防衛がされている。
まぁ、通っている生徒の家柄、顔ぶれを考えたら至極当然のことなのだけれど。
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