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「…。」
楠田は口を一文字にかたく結んだまま、じっとしている。…どうやら、喋る気は皆無らしい。やれやれ、と後輩は頬を緩ませる。
しかし、楠田の意志は彼の格好に全て現れていた。クリーム色の薄手のセーター。デニムのジーンズ。もこもこしたカーキのモッズコートは、袖の部分を腰周りに巡らせてちょうどヘソの辺りできつく真結びにしている。…彼の背には、普段通りワインレッドのギターケースがかけられていた。
榎野は想い人の耳元に唇を近づけ、囁きを吹き込む。
「…俺は、今夜のアンタをどうすればいい??全身ぐっちゃぐっちゃになるまで犯そうか。それとも、女みたいに喘がせて縋り付くほど泣かせちゃ、満足か。」
楠田は答えないものの、後輩の首に腕を絡める。眩い月光の元、生っ白い肌が異様に榎野の目を惹く。
榎野は先輩の背に腕を回し…彼愛用のギターケースに、ぎりぎりとありったけの力をこめて爪を立てる。
「ベッドの上で幾らアンタが俺に指図しようが、かまやしねぇよ。…けど後生だから、アンタのギターだけは忘れんな!!墓の下まで、ケースと一緒に掴んで離すなよ!!」
沈黙を続ける楠田は、だが静かに一瞬だけ…二重の黒い瞳を揺らした。
ベッドの上は、誰もが理性の仮面を剥ぎ捨てる場所だ。年齢問わず、上下常に入り乱れ、匿名希望の人物となって相手と快楽を貪り合う。
年上の男は、榎野に課した鎖のペナルティを回数が増えていくごとに減らしていった。今や、榎野は自由の身で、狂おしいほど愛しい相手の裸体をかき抱く。
榎野が欲した肉体は、けれども完全とは言い難い。触れ合う度、榎野は涙を零しそうになる。…想い人の身体にはもう、あれほど込み上げていた熱がすっかり抜けてしまっている。”音楽”という名の、魂がない。ここにある抜け殻を幾ら愛撫しても、榎野が求める彼はこの世に帰ってきてはくれまい。ただ一つ。絡めあった指先を、榎野は手離しまいときつく握り締める。彼の細く骨ばった指の感触だけが、榎野に彼とギターの結びつきを想起させた。
シーツの海を一晩中泳いで、二人は泥のような深い眠りにつく。
榎野は、夢を見ていた。…瞼を持ち上げると、そこは一面闇だった。
(ああ、またあの夢か。)
榎野が納得して足元を見遣ると、そこには以前なかったなだらかな半円球の出っ張りがある。何だこれはと榎野が目を凝らしていると、円の外はたぷんたぷんと波打っている。どうやら、榎野は海に浮かぶ小さな岸に一人で立っているらしい。
『…榎野。』
声がした。方向を見ると、そこには楠田がいた。彼は海に溺れ、こちらに手をいっぱい伸ばしている。
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