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小鳥の夏休み16
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小鳥が何やら落ち着きなく動きだしたかと思えば、小鳥の後ろに不審な男が立っていた。
男は小鳥をドアに押し付けるような形で背後にぴったりと体を寄せている。
少し屈んで、小鳥の耳元で何かを囁いているようだが…
ーーーなっっ!!?
男の舌が、小鳥の耳を舐めた。
小鳥の肩がビクリとはねる。
これは、立派な痴漢行為だ。
確かに尊は、小鳥を電車になど乗せれば絶対に痴漢が寄ってくるから気を付けろと何度も言っていた。
小鳥から絶対に離れるなとも、何度も何度も言っていた。
それなのに、どうして自分は離れてしまったのか。
「ーーッ、小鳥!すみません通してください!!」
人混みを無理矢理掻き分け、俯いている小鳥に向かって思いきり手を伸ばす。
聖の手が小鳥に届く直前、
「……ッ!!」
小鳥が俯いていた顔を勢いよく上げて、いまだに耳元に顔を寄せていた男に全力で頭突きをした。
「ぐァッ!!」
「~ッ!」
ゴンッと鈍い音が鳴るほどの勢いで小鳥の後頭部を顔面で受け止めた男は、呻き声をあげてその場にうずくまる。
自分でぶつけておいて、小鳥自身もそうとう痛かったのか、ぶつけた部分を両手で押さえてプルプルと震えている。
何というか…割と緊迫した状況にもかかわらず、そんな小鳥の姿を微笑ましく感じてしまう。
しかし、呑気に構えている場合ではない。
聖は、男が立ち上がろうとしているのを見て我に返り、一気に小鳥までの距離を詰めて男の手を捻りあげた。
「小鳥ッ!大丈夫か!?」
言ってから、しまった…と思った。痴漢をされて大丈夫かなんて、そんなの大丈夫な訳がない。
もっと何か気のきいた言葉を掛けなければと焦るも、頭をさすりながらこちらに振り向いた小鳥は聖の考えに反して、いたって普段通りの態度で平気だと答えた。
「あっ…」
小鳥が小さく声をあげた瞬間、聖に拘束されていた男が暴れ出し、抑えきれず手を離してしまった。
「待て!!」
手を伸ばしたが間に合わず、男はちょうど停車して開いたドアから逃げてしまった。
「ックソ!小鳥、悪い逃がした。」
「…大丈夫。証拠は確保した。」
そう言って小鳥は自分の腕時計を外して聖に差し出した。
「この時計、動画が撮れるんだ。」
尊が何かの時に役に立つだろうと買ってくれたのだと説明しながら、文字盤の下に付いた小さなボタンを小鳥が押すと、さっきの男の悪行が映像でしっかりと再生された。
「今は消してあるけど、ちゃんと音声も入ってるはずだ。」
「…痴漢、そんなによく被害に遭うのか?」
尊の用意周到さや、小鳥の慣れた対応からそう感じて尋ねればコクリと頷き肯定された。
「狙われるのはもう仕方ないけど、尊が、やられ っぱなしはダメだって。」
それであの頭突き…
さすがあの暴君に教育されているだけあって、ぼんやりした雰囲気にそぐわず中々に肝が据わっている。
「あと、やるなら徹底的に潰せって。」
・・・・・成る程。
実に尊らしい。それで録画機能付の時計なんてものを小鳥に持たせたのか。
確かに、この画像を駅員に渡せば男が捕まる可能性はある。そうなれば、社会的に色々潰せるだろう。
石の教会の最寄り駅で下車して、小鳥の撮った動画のデータを駅員に渡した。
尊がこちらに着くまではもう少し時間がかかるようなので、駅前のベンチに座って待つことにする。
痴漢に舐められた耳が気持ち悪かったらしく、小鳥は濡らしたハンカチでゴシゴシと何度も耳を擦っていた。
「…悪かったな、怖い思いさせて。」
こんなことになったのは聖が小鳥から離れたからだ。
責任を感じて謝罪すると、小鳥が首を横に振る。
「悪いのはあの男だ。」
それはもちろんその通りなのだが、尊から忠告されていたのに守ってやれなかっただけに、やはり聖は申し訳ない気持ちになる。
「こっちこそ、俺が車に乗れないから、電車に付き合わせて悪かった。」
「そんなのは別にいい。というか、この状況でお前が俺に謝るな。」
小鳥に謝られてしまっては、聖の立場がない。そう言うと、小鳥はよく分かっていないようで首を傾げていたが、分かったと返事をした。
「それから、…冷たい態度をとって悪かった。」
この機会に軽井沢に来た初日の自分の態度についても詫びると、予想通り小鳥からは気にしていないから聖も気にする必要はないと言われた。
聖に気を遣っての言動というわけではなく、やはり小鳥は本気で気にしていない。
痴漢にあったばかりでこの落ち着きようといい、聖への対応といい…
尊の話通り、小鳥は親しくない人間に対しては極端に関心が薄いようだ。
しばらく沈黙が続いた後、小鳥がポツリと言った。
「…聖に、お願いがある。」
「お願い?」
「…痴漢のこと、尊には黙っててほしい。」
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