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番外編 紘と千秋 5
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〜紘side〜
2月1日 13時
俺は突然思い出した。
千秋からの預かり物があった。
古びたリング、千秋が切り札だと言っていたUSBをしまってある机の引き出しの鍵だ。
聖川
と書かれた表札の家のインターフォンを鳴らす。
「はいはい、どちら様かしら?」
扉を開けて出てきたのは40代の女性で、柔らかい雰囲気だった。
「烏沢紘と申します。」
「はいはい!千秋ちゃんから聞いてますよ。」
どうやら千秋が先に話を通してくれていたらしい。
女性はすぐに部屋に通してくれた。
「千秋ちゃんがうちで暮らしてた時に使ってた部屋なのよ。突然机を置いてほしいなんて言われたから驚いたけど、運ばれてきたときのままにしてあるからね。」
女性はそう言うと部屋から出て行く。
俺はリングを嵌め込める形の穴を見つけた。
そこにリングを押し込むと、やはりぴったりだった。
ぐっと押し込むとカチャリという音がして引き出しが開けられた。
中にはUSBだけ。
持ってきたパソコンに差し込み再生して、俺は驚いた。
それは部屋を覗くような格好で撮影された映像だったのだが。
"「松宮さん、残念だよ。本当に残念だ。」"
そう言う俊蔵の手には灯油。
"「頼む!子供達は、子供達だけは助けてくれ!」"
必死に懇願している男性と、ただ泣いて土下座している女性。おそらく千秋の両親だろう。
女性の指には鍵になっていたリングに瓜二つのリングがはまっている。
おそらく、焼けずに残ったのだろう。だからこれは古びたようになっているのか。
古びたのではなく、火で劣化したんだ。
"「それはできない相談だなぁ。ここで全員死んでもらう。」"
俊蔵はそう言って灯油をぶちまける。
灯油がカメラの方にも飛び散ってきている。
一瞬映像がぐわん、と揺れる。千秋が誰か、おそらく妹をかばっているらしい。
千秋はそれで灯油を浴びたに違いない。
なぜ背中に斜めに火傷の痕が残っているのか気になっていたが、おそらく灯油をそう浴びたせいだ。
体に引火して、どうにか消したのだろうが、火の勢いが強かった、灯油を浴びた部分には傷痕が残ったのだろう。
俊蔵は灯油をぶちまけ終えるとライターで火を放った。
"「千秋!葉月(はづき)!逃げろ!!」"
父親の声はそこまでで、そのあとはすぐに引火してしまい、のたうちまわり、言葉ではない声を上げる様子がとらえられている。
そのあと映像はリビングから離れていく。
"「あついよう……お兄ちゃん、あついよう……」"
画面の端に小さな手があって、それが葉月と呼ばれた千秋の妹なのだとわかる。
火の手はもうすぐそこまで迫っていて、一瞬で千秋の服に引火したらしい。
"「葉月!走れ!走れ!!」"
"「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」"
千秋が必死に自分についた火を消す姿が少し写っている。
妹は煙を吸ったのか、ゲホゲホと咳き込んでいる。
そのあと映像はかなり乱れ、外に出たところで終わる。
俺の記憶では、中にいた松宮夫妻は顔も何も判別できず、妹は病院に搬送されるも死亡、千秋だけが生き残った、というものだったはずだ。
父上は千秋がこんな映像を撮っているとは知らず、千秋に手をかけることはやめた。父上自身は火を放った直後、ベランダから逃走したはずだ。
10歳の千秋は一体、どんな気持ちでこの映像を撮って、保存したのだろう。
目の前で両親が焼け死んで行き、自分もまた、生死を彷徨うほどの火傷を負いながら、映像だけは手放していない。
顔を整形したと言っていたが、そうしたのは、おそらく火傷のせいだろう。
逃げる際に、一瞬火の手が迫るところが映されていた。
そのときに顔を火傷したのかもしれない。
映像があるおかげで、考えれば状況は手に取るようにわかるが、考えれば考えるほど気分が悪くなってくる。
こんなことをした父上の手に、千秋の体があると思えば、余計にだった。
もう、一刻の猶予もない。
おそらく千秋が松宮家の生き残りということもわかったはず。
父上が何をするかわからない。早く見つけ出さなければ。
俺はUSBをカバンにしまい、女性にお礼を言って聖川家を後にした。
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